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□世界が消えてしまう夢を見たのです
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 ある夜中の事であった。一八が一度横になろうと部屋に戻ると、広い部屋の隅の方、夜の闇が深くあたかも底のない海を覗いたような暗がりの中で、子供が一人声を殺して泣いていた。白いシーツを頭から被り、恐らくその下でかたを震わせているのだろう。時折噛み殺した嗚咽が聞こえてきた。

 子供はまだ一八に気付いていない。このまま放っておいてもいいだろうと首元のボタンを一つ緩めた時、子供が小さな声で呟いた。

「…一八さ、ん」

 一つ溜め息を吐く。そして子供の名前を呼んでやった。白いシーツが勢いよく跳ね、その下から黒髪の少女が飛び出してきた。そのまま一八にしがみつき、必死に彼の名前を呼び続ける。その顔は真っ青で、まるでこの世の地獄でも見てきたようだ。

「何があった」

 ほとんど錯乱状態の少女の頭に手を置き、静かに問い質す。少女はガタガタと肩を震わせ、必死に言葉を紡ごうとするが、呼吸が乱れて上手く話せないらしい。あ、やう、といった幼子の喃語のような声が漏れるばかりだ。まるで魚のように口を動かす。

「…落ち着いてまず呼吸をしろ。説明は後でいい」

 見下ろす位置にある黒い頭が何度か揺れる。その頭をできる限り優しく撫でてやる。すると犬のように浅い呼吸だったものが次第に落ち着いていく。それと同じくして背中に回されていた指の震えも落ち着いていっているのが分かった。

「それで、一体何だ」

 まだ瞳は乾いていないものの、ようやっと落ち着いてきた少女に再び問い掛ける。少女は一度大きく息を吸い込み、ぽつと零した。

「一八さんが、…消える夢、を見たんです」

 そう言って何も見たくないかのように顔を一八の胸に埋める。細い肩が震えている。下らない、と一八は思った。それと同時になんと脆い存在なのだろうかとも思った。夢を見てこれなら、現実でそうなった時、この少女は壊れてしまうのではないだろうか。いや、そんな現実が来る事はないのだが。

「暗いところに一人ぼっちで、寂しくて一八さんを探していたんです。やっと見つけたって思ったのに、どんどん一八さんが崩れていって、闇の一部になってしまって、私、怖くて一八さんを呼んだのに返事がなくて…。そしたら、私を駒にしたあの人が私を褒めるんです。よくやったって。一八さんはもういないって笑ったんです…!それで私、その人を、私、」

 ひくりと喉を震わせる。

「お前ごときに俺が殺せる筈がないだろう」

 震える小さな体を抱き上げる。寧ろ、闇に溶けて消えそうなのはその小さな体だと一八はひそりと思った。


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