series

□モーニングコール
1ページ/1ページ

「ラースさん」

 小さな声と一緒に体が揺れてラースは目が覚めた。寝起きの少しぼやけた目を開けると、この間保護した少女が見えた。

 今は何時だろうかと起き上がって辺りを見渡すと、7時丁度だと言う声がした。黒いワンピースの少女が彼の隣にちょこんと座り、どうやら先程の声は彼女のものらしい。

「おはようございます」

 ぺこりと下げられた頭から、ワンピースと同じもしくはそれ以上に黒い髪が一房落ちてホルターネックの肌が露になっている肩に掛かった。肌が白いためにその黒い筋はよく映える。

「あぁ、おはよう」

 なんとなくであった。自然と伸びた手は少女の頭の上に乗せられていて、彼女は少し驚いたように目を開いていた。何故自分がそんな事をしたのかとラース自身も驚いた程だ。控えめに掛けられた声に我に返ってぱっと彼女から手を離す。

「すまない、嫌だったか?」
「えぇと」

 彼女は落ち着かないように前髪を指で弄った。何と答えればいいのか考え込んでいるらしい。少し頬が赤い。

「その、嫌とかそういうんじゃないんです。…ただ、一八さんにああいった事をされた事がなかったので、多分、少し驚いただけです。むしろ気持ちが良かったです」

 ふわりと笑った表情に安堵しながらも、そこに出てきた名前に僅かに反応した自分を感じ取った。まだ彼の面影に縛られているのか、それとも彼女自身が彼の事を求めているのか。

「先程、ラースさんの部下の方が朝食の事を伝えに来てくれましたよ」

 ラースの様子が変わった事に気付いたのか、当初の目的の伝言を口にする。自分にしては珍しいと思った。何だかんだと言ってラースは誰よりも早く起きるのが常だ。それが呼ばれるまで目を覚まさなかったのだから不思議であった。いつもと違うのは、この少女を部屋に迎えていた事か。かと言って彼女にはこれと言って不審な行動はしていない筈だ。流石に隣で動かれれば気付かないなんて事はない。

 それ以前にこの少女には戦闘力と言える程の力はない。妙な存在感がある事は確かであるが、ラースが初めて彼女に対峙した時、彼女はただ大きな力に従っているだけのように見えた。取った腕には脂肪も筋肉もあまり付いておらず、とても細かった事を記憶している。それは数日経った今でも殆んど変わっていない。ある程度、せめて自分の身を守れる程には力を付かせたいが、如何せんこんな少女を指導した事などない。通常の訓練と同じ事をさせる訳にもいかず、東郷とは取り敢えず日が高い間は歩く事ができるようになる事を目標にし、毎日ラースに付いて回る事になった。(驚く事に、彼女は一時間も歩けば疲れ切ってしまうのだ)

「どうかしましたか?」
「いや、何でもない」

 視線に気付いたらしい少女は不思議そうに首を傾げる。その質問に首を横に振り、着替えるという旨を伝えると、彼女は分かりましたと一つ頷くとベッドから降りた。

「それでは私は外で待っていますね」

 またふわりと笑う。

「あぁ、そうでした。言い忘れていましたけど、ここ、寝癖がついてますよ」

 首の後ろを指差し、その言葉を最後に部屋から出ていった。首の後ろ、項の辺りを触ってみると、言われた通りいつもの髪の流れから一房飛び出しているものに触れた。鏡を見ただけでは見辛いそれは、恐らく指摘されなければ気付かなかっただろう。

「…あの男には勿体無いな」

 苦笑混じりに呟いた。ほんの僅かではあるが、何故一八が彼女を囲っていたのかが分かったような気がした。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ