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□少女が生まれた日
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「無表情だな、お前は」

 人の事を言えた義理ではないと思いながらも、目の前の沈黙し続ける少女に言葉を投げ掛けた。少女は酷く緩慢な動きで首を擡げ、ぼんやりとした目を向ける。まるで微睡んでいるかのようである。

 どちらかと言えば端正に整っている顔はやはり感情が欠落しており、それはまるで作り物のようにも見えた。一八の言葉にもほんの少し顔の筋肉が反応したのが分かっただけで、彼女からそれ以上の反応は返ってこない。癖のある黒い髪はどちらかと言えば病的に白い肌によく映えており、そしてその白は一八が与えたホルターネックの黒いワンピースにも似合っていた。

 少女は数時間前に放置したきり、一八が戻ってくる今まで全く移動せずに床に座り込んでいる。水すら飲んでいないのか、唇が少し乾燥していた。テーブルの上に用意させておいた昼食にも手は付けられていない。すっかり冷えてしまったスープと固くなったパン、冷たい皿の上の乾燥した肉は不味そうだ。使われなかった綺麗なままのフォークやナイフが拗ねたようにきらりと冷たく輝いている。

「死ぬつもりか」

 尋ねてから、それは有り得ないと思った。今朝の朝食を味わう事なく喉に詰め込んでいた少女の姿が思い出された。確かにその様子は生に必死にしがみついていたように見えた。

 一瞬、少女の薄く罅切れた唇が震えた。ふっと細く息が吐き出される。何か呟いたようだったが、一八には聞き取れなかった。

「とにかく、そこの席につけ」

 きつい口調で言い放つ。すると少女は妙にはっきりとした動きで立ち上がり、指定した席の前まで行くとすとんと腰を落とす。スッと背筋を伸ばして姿勢良く座る姿は、いままでの微睡んだ様子とは打って変わって奇妙だった。その様子に一八はもしや、と思う。

「自分で考えられないのか」

 少女はこちらを少し振り返り、意味が分からないとでも言いたげな視線を送る。(実際には全く表情は動いていなかったので一八の推測であるが)

「貴様がどういう経過でそうなったかは知らん。だがそれは貴様が今まで属していた組織での話だ。ここでは違う」

 少女の肩が僅かに揺れる。

「ここが貴様の世界であり全てだと言った筈だ。貴様は自分のものを他人に踏み躙られたいのか」

 初めて彼女の瞳に動揺の色が浮かんだ。どうやら自我というものはあるらしい。ただ、それを何らかの方法(心的外傷などのようなもの)で制御されていたのだろう。

「何がしたいかは自分で考えろ。元の組織に戻りたいならそうしろ。死にたいならそうしろ。貴様の決定権は貴様にある」

 我ながら随分熱心に彼女を動かそうとしているな、と思った。それ以前に、こんな得体の知れない少女を囲おうとしている事が既に自分らしくないとも感じた。明らかに困惑して視線をさ迷わせている少女を見下ろし、何故こんな子供にここまで付き合わされているのか疑問だった。

 やがて少女の唇が小さく震えた。

「…わ、たし、一八さんと、一緒にいたい、です」

 黒く澄んだ二つの瞳が真っ直ぐ一八に向けられる。その目は既に微睡みを消しており、その奥には確かに光が揺らめいているのが見えた。


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