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□捨て駒の思慮
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「私と死んでください」

 差し出した手と体はそのまま粉々に吹き飛ばされる筈だった。再利用できる捨て駒の命は、さして彼らにとっては無意味、無価値なものなのだろう。私に対しての全ての事は終了している。最早私から彼らに提示できる情報は一つもなく、ただその体を本来の目的に合わせて使用されるのみだ。私に残された最後の意味は、ただの駒。

 命令があればその身を捨てる駒。けれど回収可能な駒。それが私の本来の使用方法であり、その為だけに私は存在を許されたと言っても過言ではないだろう。

「貴様」

 なのにその存在するための私の意義が覆された。簡単に言えば失敗したのである。何に。暗殺を目的とした、自爆に。

 肌を焦がすような熱風が吹き付ける。さして手入れもされず伸ばしただけの髪が激しく荒れ狂う。地を揺るがすような衝撃が全身を打ち、私はその場に膝を折った。私の視界を埋め尽くすのは大地と空を舐めるように広がる炎の海と、私からその炎の種を毟り取ってしまった男の人のシルエット。黒く大きな、まるで力そのものの様にも見えた。その人が低く、唸るように声を上げた。目を奪われる。神様だと思った。

「三島財閥の者か」

 轟々と唸りを上げる炎と何かしらを口々に叫んでいる人々の声の中だと言うのに、彼の声は恐ろしい程はっきりと鼓膜を揺らす。ただ私は見上げるだけであった。

 それを彼がどのように取ったかは知らない。恐らくは肯定の意味で受けっとったのだろう、短く立てと言い放った彼に自然と体は動く。何か目に見えない力に突き動かされたかのように立ち上がった体は私のものとは到底思えない程落ち着き、僅かに思考する頭の中には彼に対しての恐怖といったものは見出せない。もともとそういったものに疎い事は理解していたが、ここまで平常であると驚くしかない。(この驚きも傍から見れば極めて薄いものなのだろうが)

「ついてこい」

 その一言はまるで神の導きのように体に浸み渡る。抵抗や迷い、そういったもの全てが無意味なもののようにも思えた。

 ただひたすらに彼の早い歩調を追いながら、この人は一体何という名前なのだろうか、それだけを考えていた。


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