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□当たって砕けよ
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「え?テーブルマナー?」
「はい。その、一八さんが今度外部で開かれるパーティーに私も連れて行ってくれるので。あの人が恥をかくような事がないように、最低限の作法を習得しておきたいんです」
「へぇ、一八が。珍しい事するのね」
「虫除け、と言っていました」
「あぁ、なるほど。虫除けね。効果があるといいわね」

 という会話をしたのが二日程前の事である。結局、アンナさんはすぐに仕事があるという事で頼む事はできなかった。とても残念そうにしてくれて、それだけでも十分だと思った。

 しかしだからと言って目下の問題は解決していない。アンナさんと話をして以来、皆どこかバタバタと忙しそうにしており、誰かに気軽に頼める雰囲気ではない。こんな空気の中、何故か一人余裕のある人がいるにはいるが、それこそ普段から気軽に何かを頼めるような人ではない。

「さっきから変な顔をして一体何だ」
「…変な顔をしていましたか?」

 もはやこの部屋は仮眠室ではなくて、彼の自宅なのではないだろうかと思う程、最近よく部屋に来てくれる一八さんの言葉に自分の顔を触ってみる。鏡がないから触っても、私がどんな顔をしているのかは分からなかったが。

「あの、一八さん」
「なんだ」
「今度連れていってくれるパーティーの事なんですけれど」
「それがどうした」

 少し言葉に詰まる。了承してくれるとは思えない。けれどダメで元々だ。

「その、テーブルマナーを学びたいんです」
「テーブルマナー?」

 訝しげに顔を上げた。私は首を縦に二度振る。彼はいつも通りの不機嫌そうな顔でアンナさんの名前を挙げた。それに対して彼女は今日本にいない事を伝えると、下の連中は、と言う。ここ暫く忙しそうにしていて頼めません。

 溜め息が聞こえた。一八さんはすぐに溜め息を吐く。幸せが逃げ出してしまいそうだ。

「教えてやる」
「えっ、いいんですか?」
「嫌なのか」
「そういう訳ではないんですけど、ちょっと意外で…」

 慌てて首を横に振る。いやまさか、本当に了承してくれるとは思わなかった。

「先に言うが、俺が教える限り完璧以外は許さん」
「…善処します」


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