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□そこに私はいなかった。
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 一つの人間の集団がいた。そこには一八さんの姿があった。

 一八さんはいつものような厳しい表情をしているが、しかしそこには愛情が溢れている。彼の隣にいるのは私の知らない綺麗で優しそうな女の人と、彼が殺そうとしていた男の人。やがてそこに様々な人々がやってくる。快活そうな女の子。西の訛りの女の子。明るく元気な男の人。物腰柔らかな銀髪の男の人。以前写真で見た事のある一八さんのお父さん。お母さん。クマやパンダもやってきた。私の知らない誰かが一八さんと肩を並べて笑っている。

 明るくて賑やかな幸せそうな家族。一八さんも幸せそうで。涙が出た。

 そこに私はいなかった。私のいない世界の中で、一八さんは今よりずっと幸せそうに幸せな愛する家族に囲まれている。私はそこにいない。私の居場所はない。私は彼の家族ではないから。私は彼にとって必要な人間ではないから。

 彼は私と違う。彼には私の持ち得ない物がある。きっとこれこそ、本来あるべき一八さんの世界で、私が存在するのは間違いなのだ。そうだ。私のような化物が彼の隣に居ていい筈がない。たとえ見た目が人間でも、女でも、子供でも、中身は決して正常ではない。人工的に生み出された化物だ。なんて、醜いのか。

 一八さんを愛する事さえできれば、彼が幸せならばそれでいいと言ったのは誰だ。紛う事なく私自身ではなかったのか。なのに、何故。何故私は今こんなにも、狂おしい程に彼を取り巻く世界が妬ましいのだろう。何故一八さんが幸せなのに、これ程も悲しいのだろうか。どうして私では幸せにできないのだろうか。

 何故、どうして、どうして私じゃ駄目なんですか。ぐにゃりと歪む家族の姿に向かって叫ぶ。何故か皆一様に私に哀しげな視線を投げかける。一八さんは私の方すら向いてくれなかった。何か小さなものを抱え、それを見つめている。それがどうしても悲しくて、どうすればいいか分からなくなって、私は彼の背中に縋り付いた。その拍子に彼の手からその何かが落ちた。

 黒い髪と黒い瞳。それはその大きな瞳で私を見つめていた。

 そこで目が覚めた。私は泣いていない。一八さんは既に朝食を終えた後で、コーヒーを啜っている。何か言っていたかと聞いても、寧ろ死んでいるようであったと言われた。

「あそこに私はいなかった」

 ぼんやり一八さんを見送ってからポツリと零した。涙は出なかった。


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