series

□Happy Halloween With Lars
1ページ/1ページ

「あの、ラースさん」

 不意に声を掛けられ、銃のメンテンスを行っていた手を止め顔を上げた。

「とりっくおあとりーと、です」

 少し草臥れたように先が折れた黒いとんがり帽と、普段は人目に晒されている肩を覆う黒いケープ。ラースと比べれば細く小さな手には先に星の飾りが付いたステッキが握られている。所謂魔女っ娘のコスプレである。

「あ、あぁ、そういえば今日はハロウィンだったか」

 ハロウィン、といえば悪魔や魔女などのモンスターに仮装した子供たちが悪戯かお菓子かと近隣を訪ねて回るイギリスやアイルランドといったアングロ・サクソン諸国系が発祥とされる魔除けの祭りである。近年日本でもその名称が定着しつつあり、この時期はどこへ行ってもオレンジと南瓜を目にするようになる。

 しかし、恐らくこの目の前の至って真剣に魔女に扮装している彼女は、そういった知識は持ち合わせていなかった筈だ。つまり誰かが彼女にこの行事について吹き込んだのだ。いったいどういった目的かはラースには全く見当もつかないが。

「あの、東郷さんたちが教えてくれたんですけれど、どうでしょうか?」

 東郷、という名前を聞いてラースは戦友である男の男らしい笑顔が脳裏を過った。

「どうって?」
「東郷さんたちが、こういう格好をすればラースさんが喜ぶと仰っていたので…」

 一体なんて事を吹き込んでいるのかと頭を抱えそうになったが、目の前の彼女は至って真面目に話しているのだ。ラースは今にも東郷その他諸々の隊員たちを呼びつけたくなる衝動を抑え、少女の方へ向き直りその姿をきちんと見直した。

 服装自体は相変わらずの黒いホルターネックのワンピースではあるが、帽子、ケープ、ステッキが見事に彼女を魔女に仕立て上げている。はっきり言えばかなり似合っているし可愛いとも思う。ただし、その背景に自分とこの純粋すぎる少女との不貞を煽る人物たちの存在だけが腑に落ちない。

「駄目、でしたか?」

 黙り込んだきり口を閉ざしてしまったラースに、おずおずと声を掛けるその姿は小動物のようだ。どうやら気に入らなかったと解釈しているらしい。

「い、いやそう言う訳じゃない!ただ、似合っているから、その、見惚れていたというか…。と、とにかく似合ってるよ」
「よかった」

 にこりと笑って見せるその笑顔はとてもではないが、自分のような男が触れてもいいようなものではないような気がする、と密かにラースは東郷その他諸々の隊員たちを恨めしく思った。


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ