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□Happy Halloween With Jin
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「あの、仁さん」

 不意に声を掛けられ、報告書から顔を上げる。

「とりっくおあとりーと、です」

 ぴんと立った黒い犬のような耳と、黒いスカートの裾から飛び出した犬を思わせるふさふさとした尻尾のような飾り。それらの所謂コスプレと呼ばれるオプションを付けた少女は、真っ直ぐに真面目な面持ちで仁を見上げていた。

「…なんだ、それは」

 普段の大人しい彼女からは想像できない格好に、訝しげに眉を顰める。当の本人は全く気にしていない様子で、ふわりと笑って見せる。

「ニーナさんが、今日はいつもと違う格好で呪文を唱えるものだと貸してくれたんです」

 飛び出した心当たりのありすぎる女の名前に、頭が痛くなる思いになる。何かと理由を付けては彼女を食事などで連れ出していたかと思えば、全くもって余計な事を吹き込んでいたらしい。

 一つ溜め息を吐いて、テーブルの上に目をやる。報告書の束と飲みかけのコーヒーのカップ。端の方に置いてあるデジタルのカレンダーは10月31日を表示している。他にあるものと言えばペンやPCくらいだろうか。お菓子と言えるものはない。

「お菓子はないぞ」
「そうですね」
「………」
「………」
「………」
「………」
「…ニーナからは聞いていないのか?」
「何の事ですか?」
「呪文の意味だ」

 そう言うと、彼女は不思議そうな顔をした。

「呪文には何か意味があるんですか?」
「あぁ、今日はハロウィンと言うイギリスの魔除けの祭りの日だ。その日になると子供が魔物の仮装をして近隣を回るんだが、その時に『Trick or treat』と家の者に言うというルールがある。直訳すれば『悪戯かもてなしか』となるが、大抵日本では『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』と訳される事が多いな。この場合、もてなしが何故お菓子なのかというのは諸説あるが、恐らく仮装している子供にとってお菓子がご馳走に当たるからだろう」
「それでは、お菓子を用意できなかった人は悪戯されるって事ですか?」
「そうだな」

 そうですか、と言ったきり少女は黙り込み何かを考えているようだ。そしてふいに仁に向き直ったかと思うと、細い腕を伸ばし、ぽすりと仁の頭の上に乗せた。そしてにこりと笑うと優しい手付きで撫で始めた。

「私、悪戯と言われても何も思い付かなかったので、逆に慰めておきますね」

 そう言って笑う彼女に仁は何も言えなくなり、ただ一つ溜め息を吐いた。


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