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□Happy Halloween With Lee
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不意に声を掛けられ、顔を上げると李さんがいた。
「Trick or treat」
彼はそう言うと真っ黒のマントの裾を広げてみせた。マントの裏地はまるで血のように赤い。
「こんにちは、李さん。今日は一八さん、こちらの部屋に来られるようですよ」
「君も中々変わった子だ」
私の返答を聞くなり溜め息を吐いた李さんに首を傾げる。私は何かおかしな事を言っただろうか。心当たりはない。
「今日が何の日か知らないのかい?」
今日、と言われて忘れかけていた時間感覚を呼び覚ます。確か、今日は10月31日だ。しかし、それが何の日なのかは分からない。あぁ、いや、けれど前にアンナさんから話を聞いたような気がする。何かのお祭りの日だっただろうか。
一人で頭を捻っていると、李さんの溜め息がまた聞こえた。やれやれ、と言うように肩を竦めて首を振ってみせる彼を見上げる。
「今日はハロウィンさ。呪文を唱えればお菓子が貰える日だ」
ハロウィン、そうだ。そんな名前だ。あぁ、と手を打つと、李さんは満足そうに微笑んだ。
「それで、私にお菓子はないのだろうか?」
「…ない、ですね」
言い終わるか終わらないかの内に、視界がぐるりと回った。天井と唇を舐める李さんが扇情的で、呆然とする。前にも似たような光景を見た事がある。あれは初めて李さんと会った日の事だ。
「…未成年を相手にするのはまずいんじゃなかったんですか?」
「今の私は吸血鬼なんだ。だから君から血を少し頂くのだよ。ただし、その血をどこから頂くかは私の自由だ」
「えっ、ちょっと待って下さ」
李さんの言外に含まれた意味に慌てて制止しようとしたところで、スカートの裾から侵入してきた手に言葉が詰まった。李さんの手が脇腹をなぞる度、背筋をぞくりと走っていく違和感に思わず声が上擦る。
「李さ、ん…。止めて、下さい…」
「おや、それは煽っているのかい?」
「貴様、ここで何をしている」
頭上から降ってきた恐ろしい殺気に内心、胸を撫で下ろす。流石に李さんも彼を目の前にこれ以上の事はしないだろう。
案の定服の中にいた手は退散しており、私の無駄に伸した髪を弄っている。ただし、体勢は依然押し倒されたままだが。
「なんだ、妬いているのか」
「ふざけるな。…鍵はどうした」
「彼女のせいじゃない。俺が勝手に入っただけだ。電子ロックにするならもう少しハッキングに耐性のあるものを使うべきだったな、一八」
私を睨む一八さんの視線から庇うように李さんが体勢を変え、手のひらの小さな機械を見せる。言われれば、確かに李さんがどうして入ってこられたのか疑問だ。その疑問の回答はその小さな機械らしいが。
「この子を逃がしたくないなら、もっと厳重にするべきだ。…あぁ、いや、わざと逃げやすくしているのか」
「ふざけるなと言った筈だ」
ぴりぴりと肌を切るような気迫に肩が跳ねる。しかし当の本人である李さんは溜め息を一つ吐き、頭を振ると私の上から立ち退いた。
「今日のところは帰らせてもらおう。…手荒な事をしてすまなかった」
「いえ…」
差し伸べられた手を取り立ち上がる。にこりと李さんは笑い、小さな声で私の名前を呼んだ。一八さんには聞かれたくない事なのだろうかと思い、耳を近づける。
「何かあれば力になろう。私は君を助けたい」
それだけ言い残し、自然な足取りで一八さんの隣を通り過ぎドアの向こうへ消えた。
「塩でも撒いておけ」
明らかに不機嫌になった一八さんはそう言い捨て、シャワールームに消えてしまい、残された私は小さく呟いた。
「ハロウィンって、楽しくない」