「あなたって本当に無欲ね」
テーブルの向い側でアンナさんがそう呟いた。意味が分からない。首を傾げると、だってそうでしょう、と続けた。
「いままで一八の女になった奴らって、ことある毎に我が儘言ってたのよ。やれあの服が欲しい、だのやれこの服は飽きただの。大変だったんだから。その点、あなたは何にも欲しがらないじゃない」
彼女はそう言うとまだ昼間だと言うのにワインを口に含む。何故一八さんといいアンナさんといい、こうも優雅に振る舞えるのだろうか。私はまだ未成年なのでよく冷えた水を飲む。ひやりと喉元を過ぎていく冷たさがとても心地よい。
「そんな事はありませんよ。私以上に強欲な人間はいないんじゃないでしょうか」
「あら、どうして?」
私の言葉に不思議そうにするアンナさんに微笑む。
「私が欲しいのは一八さんですから。あの人を私一人だけの存在にしたいんです」
あの人は私の全てなので。
そう続けると、アンナさんは初めの内は私の目を見つめて呆然としていたが、ふと我に返りくすくすと笑い始めた。随分可笑しかったのか、綺麗な目元に小さく雫が零れていた。
「確かに、それは強欲かもしれないわね。一八が欲しい、なんて言ったのきっとあなたが最初で最後よ。あの女たちじゃ、絶対言えない言葉ね」
漸く笑いが収まったアンナさんは細い指で目元の雫を掬った。
「あなたが羨ましいわ」
肘を付き、溜め息を吐くようにそう呟いた。その目はとても優しく感じて、それでいてどこか寂しそうにも見えた。どうしたのかと尋ねるが、彼女は首を横に振るばかり。
「私も、あなたみたいな強欲になれば良かったのかしら」
「…それって、アンナさんのお姉さんの話ですか?」
アンナさんは小さく笑った。そういえば彼女のお姉さんであるニーナさんとは上手くいっていないと聞いた事がある。仲良くしたいように私には見えるのだが、結局喧嘩になってしまっているようだ。なかなかアンナさんも不器用な人だと思う。(勿論、一八さんも不器用だなと思う)
それにしても私のような強欲とは一体どういう事だろう。私の強欲と他の人の強欲に違いはあるのだろうか。
「私が欲しかったものって、きっとあなたが欲しがっているものと似ているのよ」
「…一八さんが欲しいんですか?」
「ふふ、違うわ。そうねぇ、もっとはっきりしないものかしら」
「難しいです」
「あなたって賢いくせに、そういうところは鈍感なのね」
アンナさんはそう言ってワインを飲み干した。