□秘密の迷路 o
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いつもどうしようもないほどふあんだった
たいせつなものたくさんある
なくしたくないものたくさんある
それをまもるためにならじぶんがなくてもいい
でもそうするのはほんとうはすべてをどうでもいいとおもっているのかな

どうでもいい
ひとも
せかいも
おれも

…おれをとめて
…だれか…



今日もベットに横になる大野を、心配そうに見守る四人。
「どうしたんですか?」
「主任に何かされた?」
『どういう聴き方だ!ちょっと血を貰っただけだよ』
「ちょっと?献血だって三ヶ月毎ですよ?こう毎日じゃあ、そのうちミイラになってしまうでしょ!」
「みいら…ふへへへっ」
二宮の言葉に想像して、力無く笑う大野。
「あぁっ!とうとう頭にも影響が」
「智くん!この指、何本に見える?」
櫻井は右手でピースサインを作ると、大野の目の前にかざす。
「翔くんの右腕が三本もあるぅ…バルタン星人みたぃ〜」
へにゃぁ、という音さえ聞こえてきそうな大野の笑顔。
「うわぁ!じゅうしょうだよぉ〜!」
『あのね…単に眠いだけだと思うよ?本当に検査用にしか血とってないし』
「何にせよ、主任が悪い」
「うん!悪人ヅラだもん!」
「それ、まだ続くのか…」


眠りについた大野を囲んだまま、四人は主任に話しかける。
「引っ越しはいつするの?」
『近日中にね』
「このラボの他の人?はどうなるの?」
「ここ他にも人がいたの!」
『いるよ…もちろん』
「あの…ま…いや、何でもない」
松本が躊躇い口を噤んだ。
「そういえば翔ちゃん、頭痛は良くなったの?」
二宮は会話を切り替えるように櫻井に話しかけた。
「うん。主任が薬を出してくれたら、すっかり良くなった」
「俺も薬貰った。ここ二日ばかり飲んでるよ」
「え?俺も貰って飲んでるよ」
「私もいただきましたよ」
「リーダーは?…寝てるか」
顔を覗き込んだ松本は小さく呟いた。
「そのせいか、スゴく調子いいんだよ」
「あっ!そう。そのせいかも?」
『ふうん、そんな風に感じてたんだ?他には?』
「昨日も言ったけど、やたら身体を動かしたくて」
「というか、潤くんのは元からでしょう?我々を巻き込まないでくださいよ」
「そうそう!めいわくだよね〜」
「僕は記憶力がUPした気がします」
「あ、私も頭スッキリです」
「翔ちゃんよ〜く勉強してるよね〜」
『…君達が飲んでる薬は、大野くんからつくられたものだよ』
主任の言葉に静まった。相葉がこのところずっと具合悪そうな大野を見て、呟いた。
「…リーダーの不調は俺たちのせいなの?」
『違うよ。今は眠いだけだと思うよ?』
「この前のマネージャーの一件で…」
『うん。あれで分かった事があったからね、大丈夫。検証したから、死なない程度に効いて行くはずだよ。ただそれさえどう転ぶかは分からないけどね』
「先は分からない?」
『そのためにラボを移ってもらうのもあるんだよ』
「誰かのために、大野さんを使うんだ?」
『そういう約束だったよね?それに、君たちの為でもある』
「俺たちのために大野さんを犠牲にしていけって?」
『じゃあ大野くんの為に死んじゃうかい?君らが死ねば彼も生きてはいないと思うけど?』
「そ、れは…」
『ウイルスと大野くんの研究を進めていけば、発症は無くなるかもしれない。ウイルス自体も消滅させられるかもしれない。すべて仮定だけどね…』
「…なんでリーダーだけ」
『そういう話しはしても無意味だよね』
みんなの視線が大野に集まった。幸せそうに眠っていた。

「ぉひるのじかん?」
突然上がった声に、室内の緊張が緩み、笑顔になる。
「んぅ、ちがぅの?そろそろお昼でしょ?ぉれ、寝過ぎちゃった?」
「確かに寝過ぎですよ」
「智くん起きられる?」
こくりと頭を下げる。二宮と櫻井が両脇で起き上がるのを手助けし、相葉と松本はテーブルの上を片付け始めた。
掛け布団を外した瞬間、大野はふるりと震えた。室内の空調は効いていても、布団の中大野の体温の方が温かい。
櫻井が着ていたカーディガンを大野の肩に羽織らせた。
「ありがと、翔くん」
「どういたしまして」
臙脂色のカーディガンが一瞬真っ赤な血の記憶を呼び覚ます。大野は無理矢理やり過ごした。
「おぁ!リーダー、榎本くんだよ。懐かしいね」
「え?そうですか?」
相葉の声に大野が反応した。眼鏡は無いが。
「やめようよ。持ちキャラが出て来たら収拾つかなくなるよ」
「あひゃ、ごめ〜ん!」
お昼ご飯はいつも通り、白米に野菜炒めに野菜の煮物に野菜のお浸しに汁ものにもたっぷり野菜が入っていた。
「うわ〜〜〜ん。お肉が食べたいよぉ〜〜っ!」
「おいらこれで十分だけど?」
「私もです」
「唐揚げ食べたいよ〜」
「うるさい、黙れ!」
「そうだよ、相葉ちゃん。ありがたくいただこう?」
「分かってるよぉ…」
 「じゃあ…」
「いただきます!」
五人は暫く静かに食べていたが、相葉は不意に疑問がわいた。
「んね?主任?いる?」
『いるよ』
「主任たちは何食べてんの?」
「相葉〜!何て失礼な事を〜!」
「えっ…ち、ちがうよっ!決して主任達がお肉を食べているんじゃないかとか思っている訳じゃないっよ」
「語るに落ちたな」
「違うってば〜〜!」
『ふふっ。確かに君達とは違うものを食べているけど、君たちの食べ物の方が高価なんだよ?そうだな…動物のお肉は無理だけど…なんちゃって唐揚げなら作ってあげられるかもね、聞いといてあげる』
「やったーー!ゆってみるもんだねっ?ねっ?ねっ?」
相葉は一人一人の顔を見た。
「ふふふ、よかったねぇ、眼がキラキラしてる」
「すみません、主任…わがまま言って」
『いいや、構わないよ。出来る事ならね。だから、今日のところは我慢して食べてね?相葉くん』
「我慢なんてそんな、いつも美味しくいただいてます!」
「調〜子いいなぁ〜」



とおくからなにかきこえる
とおくからなにかがみえる
でもおいらはきかないしみない
だめ…かんじないよ
いっさいがおいらをとおりすぎてゆく
おいらは…む…
…かんじないよ



午後のひと時、皆が部屋に引き上げて戻ってくる間のわずかな時間。テーブルに突っ伏しながら上を見上げて大野は呟く。
「…主任?」
『どうした。寝過ぎで頭が痛い?』
大野はふと笑った。
「やっぱり主任は人間じゃないんだね」
『……何故そんな風に思うんだい?』
「ずっと起きていられる人間なんていないよ。それに、そこの影の動きがおんなじだもん」
んふふふと笑いながら指をさす。
『そっか…暴露ちゃってたか…。そう、僕はコンピュータだよ。凄いでしよ?』
「うん。スゴイね!人格はどうなってんの?」
すんなりと受け入れる大野。これが他の者なら『嘘でしょう?』からはじまるだろう。
『僕と弥生くんは実在した人物なんだ。この業界では知らない人がいない位の人だよ。ただ…去年亡くなってね。知ってるだろ?心臓が悪かったんだ。それで弥生くんが僕を作ったんだよ』
『あら…バラしちゃったんですか?』
『やっぱり大野くんには見破られてしまったよ』
『そうですか…』
「弥生さん、も、そうなの?」
『主任と私だけです。他の者には興味がありませんでしたから。そう…他は人間ですよ。でももう人間とは言えなくなってしまいましたけど』
伏せていた身体を起こすと、眉を寄せた。
「…みんな?この、ラボにいた人たちはみんな変異しちゃってんの?」
『うん、そう。でも、このラボは比較的おとなしいんだよ?君のおかげでね』
『けれど、もうそろそろ限界なので、あなた達には明日にでも移動して貰います』
それはこの前からの約束だった。けれど大野には気がかりな事があった。
「おれがいなくなったら、他の人はどうなるの?」
『君が知る必要はないよ』
主任の冷たい声が言う。
「…やだ!行かない!」
『大野くん…』
『あなたの我儘に四人を付き合わせるのですか?』
「これ、わがままなの?」
『そうです』
『そうだね』
「でも、おれの血が必要なんでしょ?何人いるか知らないけど、おれいなくなったら、その人たちはどうなるの?」
『その優しさには敬服しますが、あなたが居ても居なくてももう変わりません』
「変わらない?…って、なにが?」
『皆の行先が、です』
「あのさ。おれ、あ、あたまわりぃから、わかるように説明してょ」
『直感は鋭いのに惜しいですね』
『ほんと惜しいよね、大野くんは』
『まったく、惜しいです』
「おしい、おしいって、だから、なんなんだよっ」
『あなたが危険なんです』
「まあ、毎日血ぃぬかれてたら貧血症に?なっちゃうかもしれないけど…」
『違うよ…君の身が危ないって言っているんだよ』
『あなたが助けているモノたちに、あなたは危害を加えられるだろうと予測できます』
「なんで?」
『マネージャーがそうだったろ?君は、彼らとも別の生き物なんだよ。ウイルスのせいでもう多分誰とも同じじゃない。それは、生まれ持っていたものなのか、君、薬飲んでたよね?それの副作用のせいなのかは分からない。だけど、彼らは君を、君の遺伝子を求めて来るだろう。自分らの身体には合わないと知っても、君は彼らに襲われる。大丈夫、死にはしないよ?君は不死の生物になったんだ。彼らを殺すことの出来るただ一人の…ね』
「えっと…まったくわかんないんだけど…おれ、死ねないの?」
『ああそうか、言っていなかったね。生き残った君たちは死ななくなったんだよ。多分どんな物理的損傷もすぐに治るだろう。それを壊すことが出来るのは、君だよ。君の血は生かすことも殺すことも出来る』
「ええっと、わかんない…よ」
『だから、考えることは僕たちに任せて、君は僕らに従えばいいんだよ』
『明日、出発しますよ』
「だからそれは!」
『彼らに襲われたらどうするの?変異した彼らは理性も言葉も無くし、何をするか分からないよ?君は死なないけど、痛みは残るからね。恐怖と…』
「それでも、見すててはいけないことだよね?」
『四人はどうするの?彼らは見捨てることが出来るの?』
「翔くんたちなら、わ、分かってくれると思う」
『分かっても受け容れられないなら、分からないのと同じことですよ』
「だって!」
『じゃあ賭けをしよう。君が正しいか、僕が正しいか』
「何を、するの?」
『彼らを君の部屋に通すよ。彼らが何をしても僕たちは手だししないよ?きみが、説得するんだ…身をもってね』
「おれ、はなすの苦手」
『じゃあ僕の勝ちだね、従って貰います』
「まって!やる!」
『四人の助けは借りられないよ?』
「いい!四人には部屋に入らせないで…一人でやる」
『じゃあ、考える時間をあげる』
けれどその時間は最悪のタイミングで現れた。


突然の大音響に、飛び起きた四人は先日の事もあり扉に向かった。
「ああああぁっ!リーダーッ!」
相葉の絶叫が響き渡る。
「主任!開けて!とびらをあけてよぉ!」
相葉が扉を叩いている。ほかの三人は不安ではあったが、大野の声が聞こえてこない事もあり、扉を叩くまではしなかった。
「主任?弥生さん?何が起き…」
「うあああぁ!さとしがぁ!だめ!そんな、何十人にもやられたら、死んじゃうよぉ!お願い、主任!開けて!さとし!さとし!」
咆哮のような声が沢山聞こえたが、大野の声は相変わらず聞こえてこない。
「さとし!逃げてー!動くんだよ!弥生さん!誰でもいいから、早く開けて!死んじゃうよぉー!」
相葉の切迫した声に松本は遂に大声で呼ぶ。
「主任!どうなってんだよ?」
『ごめんね、扉は開けられない、大野くんの希望だからね。君達が行っても大野くんを助け出す事はできないしね』
「あんなに噛まれたら、傷は治っても血がなくなって、さとしが死んじゃう!だめっ!やあだぁ!」
相葉の絶叫が響く。
「主任!相葉はどうして、あんな…」
『相葉くんの部屋のインターフォンカメラが大野くんの所とつながっているんだよ。だから、彼が言っている事は正しいんだ。でも大丈夫、大野くんは死なないよ』
鷹揚と応える主任に、松本もキレ気味に怒鳴った。
「扉を開けろ!三杉!」
『行っても何もできないでしょう?この前もそうだっただろ。忘れたのかい?』
「いいから開けろ!」
『どうなっても知らないよ?』
「自己責任だろ!分かってるよ!」

プシュー

見回すと、扉が開いたのは松本の部屋だけだった。
急いで大野の部屋に駆け込んだ。
相葉の言葉どおり、何十もの異形のモノが部屋に押し入り、大野の身体に纏わりついていた。
身体は齧りつかれていてベットは血に染まっていた。
大野自身は血の気がなく、今にも事切れそうに小刻みにからだが震えている。
不意に、目が見えなくなるくらいの怒りが沸き起こり、身体中がかあっと熱くなって松本は何も分からなくなった。

身体に何かが大量に降り掛かり、その生暖かい感じとふわりと漂う鉄の臭気に、大野は閉じていた眼を開いた。
周りを見ようとする脳の指令を、開いても直ぐに落ちようとするまぶたが無視する。
大野の腰付近に何かが落ちて来た。その振動で再度目を開ける。
霞む視界の向こうで、何かが暴れている。急に音声が入り、今まで耳が聞こえていなかったのだと気付いた。
咆哮が、頭痛と身体中の痛みを呼び覚ました。大野はしばらくの間浅い息を繰り返してから、ようやくまわりを見る事ができた。
何十人もの異形のモノたちが、無残な姿で息絶えていた。
白かった部屋はまるで最初から赤い部屋だったかのように、全面に朱が花開いていた。
大野の身体も、自身の血とそれが混ざり彼を塗り替えたように紅く濡れている。
最後の二体が闘い、一体が勝利を納めると、それが大野を目指し大股に近づいて行く。
2mほどの、紅黒い筋肉質な身体。表皮にはゴツゴツと樹皮のような皮があり、触ると固そうに見える。顔も紅く真っ黒い彩光の目から下は身体と同じような皮があり、作りの全体像が見えない。唇のようなモノはザラザラのその表皮で出来ていた。
大野は血の気のない頬に今にも微睡みそうな目でそれを捉えながら、ボンヤリと口を開く。
「……じゅん」
透明で凛とした響きに、それは動きを止めた。
「じゅん…」
もう一度、今度は囁く。続く言葉は、声にはならなかった。
 

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