BLUE Company

□第五章 過去と未来の真ん中で
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その日は月曜日にもかかわらず、社長を送り出すと定時に業務を終わらせて家路に着いた。
務める部署のおかげて、セキュリティのしっかりしたマンションを充てがわれている。
難があるとしたら、社屋から近過ぎる事だろうか。
だから、ほぼ全ての雑務の責任者に俺の名前が書かれてある。
本来ならばそこは秘書課の課長である、東山紀之の名が記入されるはずなのだが…
まあ、この事は語るまい。

部屋に入ってネクタイを緩めていると、家の電話が鳴った。
ディスプレイには実家の名が映っていた。
「はい、櫻井です」
「あら、出たわ」
「母さん?あら出たわって、用があるから電話掛けてきたんじゃないの?」
「当たり前でしょ、用がなけりゃ掛けないわよ」
何か、俺が窘められるっておかしく無いか?
「何?」
「再来週の火水木で家族旅行行くから、車出して」
突然何言い出すんだよ?
「二週間後?しかも、週なか三日なんて無理だよ」
「あんた、この前一ヶ月先の事なんか分からない、って言ったじゃない?だから近くになってから電話したのよ?」
「いや、でもさ。せめて土日を絡めてとか…」
話しの途中で電話が来れた。
平日って事は、父さんも弟達も休み取らされたのか?
どこ行くか場所さえ聞かなかったな。まぁ、いいか。土産話しは聞けるだろう。


松本が営業三課に戻ったせいもあり、秘書室には空き机が目立つようになった。
「松本の席が綺麗になっちゃうと、ガランとした感じダネ」
相葉の言葉に二宮は呆れたような声を出す。
「ってか、あいつの机の使い方が独特だったんだよ?引出しは使わないって変だろ、普通逆だよな」
異動後まで話題にされて、
『あいつらだと、居ないところで何言われるか分かったもんじゃない』
松本の危惧は当たっていたようだ。
「それと、東山課長だよ〜。櫻井〜、課長いつ頃出てくんの?」
俺が聞きたいよ。
「何か事が起きたら、来るんじゃね?」
「まいっちゃうね〜」
少しも参っていないような笑顔で相葉が言う。
さて、そろそろ八時半になる。俺達は立ち上がると、社長室へと向かった。

今日のスケジュールの確認と、決裁書類の束を渡し終えた俺たちは、社長室を出ようとしていた。
「あ、櫻井くん」
だけど、社長に呼び止められた。
「君、夏季休暇取り終わってないでしよ?」
「は?はい、いいえ、別に用事はありませんので、休む必要は…」
「駄目だよ、ほかの人が休み辛くなるからね。再来週の火水木と休んでね。三人で仕事の調整して」
は?ちょっと待ってください?
俺が呆然としている間に、二宮が社長に質問している。
「それは社長命令なんですか?」
「そう思っていただいても結構デス」
まあ、じゃあ、しょうがないね、と相葉は納得しているようだが、俺はそうはいかない。
「社長、あの、もしかして…?」
「さあ、仕事しなくっちゃ、忙しいな〜、もう」
聞く耳を持ちませんよ、と言いたげに社長は決裁にかかる。
偶然にしては出来過ぎの日程だ。
部屋に戻った俺は二人に断わって退室すると、携帯から実家の母に電話を掛けた。
五コール目で母が出た。
「母さん、今さっき社長に再来週の火水木は休めって話されたんだけど、何かしなかった?」
「昨日あの後、大野社長の御宅に電話したわよ?」
それが何か?と言わんばかりだ。
「もうこんな事は絶対にしないでくれ!」
電話を切った。
社長に謝らなくては!
でも、仕事中は聞いてもらえそうにないな、十時まで待とう。
俺も仕事しよ。
あぁそうか、再来週の仕事割り振っとかなくちゃ。
秘書課も人出が足らないな。相葉が異動願い出したら、ヘッドハントしなくては。


朝一で車を飛ばし、実家に着いた。
まったく!この年になって親の我儘に振り回されなけりゃならないなんて。
それにしても、たかだか社員の家族の電話をとりあうなんて、社長もなんて寛容な人なんだろう。
生い立ちのせいか、W家族Wって言葉に弱いのかな?
…それとも、面白がっているだけか?
「おはよう〜」
玄関を開けて上がり、声をかけてみる。
「母さん、父さん。着いたけど、何時に出るんだ?」
居間の応接セットに人影を見つけた。
「!」
そこにいたのは、上成愛さんだった。
俺の姿を認めた愛さんは、立ち上がるとすぐ頭を下げた。
「おはようございます、翔さん」
「おはよう、愛さん。…どうして、ここに?」
彼女の足元には旅行鞄が置かれている。
「あ、あの…」
「何二人でつっ立っているの?」
母が現れた。
「翔何飲む?あ、やっぱり自分で出して?母さんまだ仕度済んでないから。愛さんは座っていて良いのよ?」
弾丸のように言葉が飛びたしてきては、相手の話しを聞かない。
相変わらずだ。母は仕度の為に姿を消した。
俺は愛さんを残し、ダイニングに向かった。
冷蔵庫を開けて麦茶を取り出すと、コップ二つ、一つは客用のセット一つは俺専用の、を取り出し注いだ。
居間に戻ると、父親が所在無げに椅子に腰かけていた。
「おはよう、父さん」
「おはよう、翔」
俺は愛さんの前に客用のセットを置き、父親の横に座った、
「父さん、休み取ったの?」
「あぁ。いや、母さんがどうしてもって」
「ふーん。何で急に?」
「いや、俺も解らないんだ。だが、母さん旅番好きだからな?行ってみたいと思ったんじゃないか?」
親父も寛大だよ、夫婦円満の秘訣か?
「で、舞達は?いないけど」
「なんだ、舞達も行くのか?」
「だって家族旅行って聞いたよ?」
あれ?おかしいぞ?家族旅行、の筈だよな?
そして改めて愛さんに聞いた。
「愛さんは、どうして、ここに?」
「あの、私、お母様にお誘い受けて…家族旅行でしたら私、遠慮いたします」
愛さん、立ち上がって我々に会釈する。
そして、一二歩踏み出し
「あら、良いのよ、愛さん。どうせ家族になるのだし、気にする事ないわ」
母が現れた。ばっちり、今度は仕度が終わっている。
「でも、舞さん達もご一緒でしたら定員オーバーになってしまいます」
「翔、舞達を誘ったの?」
「いや、だってW家族旅行Wって言ったよね?そしたら櫻井家5人と思うでしょ」
「散々世話になった、両親、も家族でしょ?まったくあんたは、大野社長とは違うわね」
「その事なんだけど!本当のホントに、もう、金輪際しないでよ?」
母はあっかんべ、と舌を出して来た。子供か。
親父は立ち上がると、愛さんに微笑んだ。
「じゃあ母さんの仕度も出来たんなら、行こうか。愛さん、この四人のようだから、三日間よろしくお願いしますね」
「あ、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」



上成愛。21歳。
親父の上司、上成吾呂三の三女。
櫻井家とは小さい頃から付き合いがあって、何時の間にか、婚約者、という事になっていた。
年が離れているせいで、妹としか思えないのだか、何故か母は満更でもないらしい。
俺は正直、どうすべきなのか、迷っている。だって、あまりに年が違いすぎる。
だから、敢えて会わないようにしていたんだが…
いい機会かもしれないな、この三日の間に答えが出るだろう。


三日も休みを取った行き先は、箱根だった。
「目と鼻の先じゃないか!車より電車だろう?」
「年老いた両親を歩かせるつもりかい?」
「普段は年寄り扱いすると怒るクセに、こんな時ばっかり…」
後部座席についた両親をバックミラーで確認しながら、ナビの案内に沿って走って行く。
俺の隣で、愛さんが笑っている。
上成家は古くからの名家らしく、愛さんも大切に育てられたようだ。今時珍しい大和撫子、妹とは全っ然違う、奥ゆかしい女性だ。
付き合いが長いせいで、俺の両親の事を『櫻井のお父様、お母様』とまるで二つ目の両親のように言う。
その度に俺は良心が疼く。愛さんにはもっと、年の近い、似合いの人が居るだろうと思うのだ。


午後の三時過ぎに宿泊する宿、強羅温泉、季の湯 雪月花(ときのゆ せつげっか)に着いた。
両親のチェックイン手続きを待つ。
「はい、翔。部屋離れてるから連絡は電話にして。部屋に露天風呂あるわよ、愛さん」
じゃあね、と母は親父と連れ立って行ってしまった。
え?あれ?俺は両親の後ろ姿と愛さんを交互に見る。
愛さんはほんのりと頬を染め、俺のシャツの裾をつかんだ。
「あの…お部屋…行きませんか?」
愛さんは、蚊のなくような小さな声で、恥ずかしそうに言った。
この旅行って、そういう意味があったの?!
俺達はギクシャクしながら部屋に入った。
ツインの洋和室だった。
畳み敷の場所にはテーブルとフカフカの座布団と座椅子。
大きな二つのベットにはふかふか膨らんだ布団。ベランダには露天風呂が見えた。
愛さんは、テーブルの上の急須を取ると、お茶をいれてくれる。
「そうだ。同僚達から部屋に入ったら食べるといいよ、と渡されたモノがあるんだ」
俺は昨日の退社間際の事を思い出し、バックから箱を出した。

社長が退社し、後片付けをしていると、二宮が、小降りのケーキの箱を持って来た。
「櫻井のバックならこんくらい余裕で入るだろ?社長からの差し入れも入ってるから」
「そのクッキー、スゴく美味しかったヨ」
「相葉くん、食べたの?」
「うん。さっき二宮が一個くれたんだ!」

必ず、宿の部屋に入ってから開けろよ、と言ってたからもしかしてビックリ箱だったりして…
だとしたら、愛さんの方には向けないよう開けないと。
そおっと開けたら、一つづつ包装されたクッキーのど真ん中に、『スッポン』と書かれたドリンク剤と社長のポケットチーフが入っているのが見えた。
「ゴメン、愛さんっ」
「えっ?」
俺はその箱と自分の荷物を持つと、両親の部屋に向かった。
「母さん!社長に何言ったんだよ?」
「あんたの結婚に向けて協力して欲しいって頼んだのよ?」
やっぱりあいつら、知っていたんだ。だから、こんな差し入れを…!社長まで!
「こんな道化みたいな事されて、ヤレるわけ無いだろう!母さん、愛さんといてくれよ。俺は、絶対に、行かないからな!」
結局、また先延ばしになっただけだ。
ただ一つ確かなのは、愛さんには俺との結婚の意思があるらしいこと。
とりあえず、ほとぼりが冷めた頃食事に誘おうと思った。


第五章 櫻井篇 おわり



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