kissで星物語は薔薇になる

□W蔵馬お出掛け★
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浅い眠りから、“蔵馬”は目を覚ました。
それは何時もの如く本当に浅い眠りの筈で、だから眠る間に自分が自分の足で移動することなどある訳がなかった。
まして幽助が“ここ”に運ぶことなど考えられない。
昨夜は間違いなくベッドで眠りに堕ちた筈。
けれど“蔵馬”が今現在目を覚ました場所は何故かソファーで、顔を顰める他になかった。

夢遊病にでもなったか?
という自問に対する答えはすぐに出た。
そんな筈はない。
何故なら起き上がり見渡したリビングは、蔵馬の生活空間と全く異なる場所であったから。

ここは何処だ?

先刻とは異なる疑問に、答えたのは“蔵馬”の聡明な頭ではなかった。


ガチャリとドアノブが回される音に、“蔵馬”は振り向く。



「幽助ぇ〜眠いぃ」


「だから、まだ寝とけって言ったじゃんかよ」


「やだ〜(>_<)だってもうすぐ幽助魔界に....」


それは今に限っての事じゃない。

人間界を拠点にしていても、自国を持つ幽助は定期的に魔界の地を踏む。

それを引き留められる立場ではないけど、離れ離れの時間は歓迎すべきものじゃない。

例え数日だったとしても。

普段なら幽助の腕の中で安心して眠りにつく夜。

出発を翌朝に控えた昨夜は、眠りに身を委ねる事が出来なかった。

ウトウトと浅く眠っては目を覚まし、そこにある温もりを確かめる。

ようやく睡魔が勝つ頃には、夜明けを告げる目覚ましの音が耳に響き渡った。

かくして寝不足状態の出来上がり。

そんな様子に気付いてた幽助には、"もう少し寝てていいから"って言われたけど....


しばらく逢えないのに寝てるなんてとんでもない!!!!


モゾモゾと起き上がり、僅かな朝の時間を一緒に過ごすべくリビングに向かう。


カチャっとドアノブを回し開けた扉の奥に、「非日常」の光景があった。


「なんで、キミたちが…。」
言いかけたところで、“蔵馬”は直ぐに置かれた状況を理解した。
「違うか。おかしいのはここにいるオレか…。」
知らず苦笑いが零れる。

以前二度に渡り幽助が経験した非日常の出来事。それをまさか己が経験することになろうとは。


「......えっ?」


日常を逸脱した光景に驚いたのは幽助も同じ。

慌てて隣を見れば、ぴったりと寄り添う距離に蔵馬がいる。

頭に?マークを浮かべながら視線を戻すと、やっぱりそこには変わらずもう一人"蔵馬"がいた。

パチパチと瞬きをする事数秒.....


「えっ?えっ?はっ?え〜っっ????何でおめぇがここにいんだよ!!??」


思わず出してしまった絶叫並みの大声。

1つだった?マークは今や無数に増え、頭の中を占領していた。


「あ〜(≧∇≦)お久しぶりです★今度はあなたがこっちに迷いこんじゃったんですか?」


半分以上パニックに陥る幽助を尻目に、蔵馬はといえばチョコチョコともう一人の自分に近付く。


(お〜い....何その適応力の高さは....)


感心と呆れの入り交じった溜め息を溢しながら、時空を超えてやってきた恋人そっくりの彼の元に近付いた。


「そうみたい。何故かわからないけど、“オレだけ”がね。幽助の時は二人が互いに入れ替わってたけど…。」
愛らしいもう一人の自分に答えて、“蔵馬”は幽助に視線を移し曖昧に微笑む。

「ごめん。邪魔しに来た訳じゃないんだ。」


「邪魔だなんてとんでもない!!!また会えて嬉しいです。ね?幽助」


何をそんなに嬉しいのか、ニコニコしながら振り返る。

完全無警戒の姿は何だか微笑ましいけど......


つい今しがたまで"幽助が行っちゃう〜"って、萎らしくしてたろ?


急に己から離れた恋人の意識。

嫉妬....とは違うスッキリしないモヤモヤが沸き上がる。


「あっ!今から朝ごはん作りますけど、食べます?」


幽助のヤキモキなんて何のその、再会を喜ぶように瞳の翡翠がクルクルと揺れる。


「いや、オレは…。」
先刻聞こえた二人の会話。

『だって幽助もうすぐ魔界に…』

会話は途中で途切れたが、恐らく暫くは二人離れ離れになるのだろう。
そんな朝、僅かな二人の時間を邪魔するつもりも、ましてや邪魔したくなどなかった。

何も言わずにいる幽助をチラリと伺いみて、“蔵馬”はもう一人の己に困ったように笑いかける。
「せっかくだけど、邪魔者は退散するよ。」
言って、“蔵馬”はその場を離れようと足を踏み出した。


「え?ちょっと待って下さい、邪魔だなんてそんな事....幽助ぇ〜」


その場から離れようとする"蔵馬"の腕を掴み、引き留めながら幽助を振り返る。

困ったような瞳の訴えを撥ね付ける事なんて出来るはずもなく.......

思いがけない再会を、純粋に喜んでいるあろう蔵馬の気持ちを無下にもしたくなかった。


「蔵馬もこう言ってるし。せっかくだから一緒に食べようぜ」


戸惑いを見せるもう一人の"蔵馬"に笑いかけ、座れよと促す。


「じゃあ俺準備してきます。あっ!朝はいつもパンだけどいいですか?」


「あ、うん。オレも朝はパンだから…。」
キッチンへ向かう背中を見送り、“蔵馬”は幽助に向き合った。
「いいの?オレいても。だってキミ…」
遠慮気味に“蔵馬”は問う。


「いいも何も蔵馬がそう言ってんだから。おめぇ、俺らの会話聞いてたんだろ?何か逆に気を遣わせちまったな」


しばらく蔵馬の傍を離れなければならない事。

交わした会話の断片で即座に空気を読み取ったのだろう。

2人きりの時間の妨げになったらいけない......


"蔵馬"なりの優しさが嬉しかった。


幽助の言葉にホッとしたように微笑んで、“蔵馬”はキッチンへともう一人の己を追いかけた。



「ごめん、手伝う。」
何したらいい?と、蔵馬の隣に並ぶ。


「そんな!!!ゆっくりしてて下さい(>_<)」

ボールに割った卵をシャカシャカとかき混ぜてた手を休め、もう一人の自分に顔を向ける。

少しだけ高めの視線が優しく微笑んでた。

何だか気恥ずかしくて顔が少しだけ火照る。


「じゃあ....コーヒー煎れてもらっていいですか?あっ!コーヒー飲めます?」


「ん、わかった。キミは甘くしないと飲めないんだっけ?」
目を細めて笑いながら、珈琲メーカーのスイッチを押した。
「彼は?砂糖とミルク。入れるの?」
そういえばもう一人の幽助の好みを知らないなと、“蔵馬”は問いかけた。


「幽助はブラックなんですよ(^O^)俺はコーヒーだけは駄目。だって何入れても甘くならないんですもん」


どこかで聞いたような台詞を言いながらプクっと頬を丸くする。


「だから俺はいつもジュースなんです」


膨れた頬が萎み、今度は照れたように笑いながら冷蔵庫の蓋を開けた。

朝のお供に欠かせないフレッシュジュースがズラリと並ぶ。

ん〜?と小首を傾げリンゴジュースを取り出し、"ねっ?"と目の前の自分に笑いかけた。


くるくると愛らしく変わる表情に、“蔵馬”はクスリと笑う。
幽助が大切にしたくなる筈だ、と心の中で呟いて、蔵馬の手からジュースをスっと取り上げた。
煎れたばかりの珈琲と蔵馬の為のジュースを、幽助の元へと運ぶ。


「おっ?サンキュー」


"蔵馬"からコーヒーカップを受け取り、起きがけの一杯を口に含む。


「やっぱコーヒーはブラックだよな。あっ、おめぇもブラック?」


「ええ、朝は。仕事中は甘くしたりもするけど。」
幽助の斜め向かいに“蔵馬”も腰を下ろし、一口珈琲を口に運んだ。
「ところで魔界に行くって…どの位?」



「ん〜、予定では一週間ぐれぇなんだけど。4〜5日で戻れるようにはしてぇんだよな」


ジュッと油の跳ねる音がして、台所から美味しそうな匂いが漂ってくる。

匂いにつられて台所に向けた視線。

幽助の周囲の空気がフッと優しく揺らめいた。


「蔵馬にあんま寂しい想いさせたくねぇし.....って甘やかしすぎか?」


おどけたような笑顔で"蔵馬"に向き直る。


「相変わらず仲いいんだね。でも…わかるよ。彼のこと、大切にしたくなる気持ち。」
チラリと視線を向けた先には、己と真反対の蔵馬が愛らしく首を傾げながら、穏やかな表情で調理をする姿。

「やっぱりいつも淋しがる?キミが魔界に行くって言うと。」
幽助に視線を戻し、“蔵馬”は問う。


「メッチャ。日帰りとか2〜3日って時はだいぶ我慢出来るようになったみてぇだけど」


本当は1日でも寂しい想いをしてるんだと思う。

蔵馬なりに我慢して俺に見せないようにしてるだけで。


「3日を超えるともうアウトだな。前日の夜はほとんど寝付かないし、玄関から出るのに一苦労(苦笑)」


俺だって数日でも一人にさせるのは心配でしょうがない。

一緒に連れていければ問題が一気に解決するんだろうけど。

そういう訳にもいかないし。


「だから....おめぇがこのタイミングでこっちに来てくれて、内心助かったって思ってんだよな。おめぇにとっちゃ災難だろうけど?」


「災難だなんて思ってないよ。邪魔して申し訳ないなとは思うけど。」
バツが悪そうに言ってから、“蔵馬”は優しく笑った。
「オレがいつまでこっちに居られるのかわからないけど、彼のことは任せて。キミの代わりにはなれないけど、ちゃんと護るよ。」


"護る"なんて、他の奴の口から聞いたらムッとくる言葉も、今は絶対的な安心感として響いてくる。


「頼むな。蔵馬さ、おめぇに対して憧れっつうの?どっか慕ってるようなトコあっからさ」


自分にないモノを持ってる"蔵馬"に対する憧れ。

甘えん坊の自分とは真反対のしっかりした性格に、惹き付けられてるんだろう。


「まっ、あんまなつかれ過ぎても、俺としては微妙なんだけどな」


たった今言った話と矛盾する台詞に、苦笑いが零れた。


「彼がオレに憧れることなんて何もないでしょう?キミも、オレに嫉妬する程の価値なんてないよ。彼が慕ってくれてるとしたら素直に嬉しいけどね。」
クスっと笑って“蔵馬”は言う。
本当に、あの真っ直ぐさに憧れているのは自分の方だ、と蔵馬は思う。
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