幽蔵長編

□promise
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「化け物」
それが昔から俺の呼び名だった。

物心ついた時から俺には妙な力があって、心が乱れると止められない。
勝手に周囲のものが爆発したり、触れてもいないのに窓が割れたりした。


両親さえそんな俺を恐れて、離れていった。


幸い俺の親父は金持ちだったらしく、何不自由なく今まで育ってきたけど。
母親は死んだと、風の噂で聞いた。
化け物の俺は、葬式にさえ出れなかった。
まぁ、別に出たくもなかったけど。
親父の顔も、母親の顔も、もう思い出せねぇ。

ガキの頃、たった数年一緒にいただけだ。
寂しくなんかなかった。


気にくわない奴は片っ端からボコボコにしてやった。
加えて変な能力。
自然、俺の周りには誰も寄り付かなくなった。

それで良かった。
一人の方が気が楽だ。
誰のことも信じたりしねぇ。


これからも、そうして生きていくんだと思ってた。
いや、いつ死んだっていいとさえ思った。
あいつに、出逢うまでは。














夜の雑踏に紛れて、一人街を歩いてた。
前から歩いてくる奴らと肩がぶつかっても、お構いなしに。
喧嘩をふっかけてくる奴もいたけど、俺が睨めば次々に逃げていった。

張り合いねぇ奴らばっかりだな、なんてため息をつく。


することもしたいこともなくて、ただ何も考えずに歩いて、いつの間にか町外れの土手にきてた。
ポケットに忍ばせてた煙草を取り出して、火をつける。
ぼんやりと流れる川の水を見つめて、深く紫煙を吐き出した。


その瞬間、感じたこともない悪寒が背筋を走って、振り返った。
そこには男がニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべて立っていた。

「なんだ?てめぇ…。」
見たところ喧嘩も強そうじゃねぇし、睨めば今までの奴らみたいに逃げ出すと思った。
でもそいつは目を細めて訳のわからねぇことを言いやがった。

「お前、旨そうな匂いがするな。」

「あ!?何言ってやがる!」
めんどくせぇ、一発殴って黙らせるか、と一歩足を踏み出した時、信じられないものを俺は目にすることになった。


そいつの体はメキメキと音を立てたかと思うと、筋肉が見る間に膨らんでいく。
着ていた衣服が破れ、全身が一回りも二回りもデカくなる。
肌の色も、人間のそれとは決して呼べない色に変化して、口が裂け、顔が醜く歪む。


「な、んだよ…これ…」
俺の前に立ち塞がる男は、決して人間なんかじゃなかった。
夢を見てるのかと思った。

ガクガクと足が震える。
怖い、と思ったのは初めてだった。
恐怖で動けなくなるのも。


「いいね、その表情。」
ニタリと醜く歪んだ顔で、一歩ずつそいつは俺に近付いてきた。

「くっ、そォォォォ!」
心を奮い立たせて、目の前の男に殴りかかった。
けれどそいつは俺の拳をあっけなく受け止めて、反対に俺の脇腹に蹴りを入れてきた。

ボキッと、骨の折れる音が体の中で聞こえた。

「がっはっ…」
俺の意思と関係なく、ゴポリと口から血が吐き出された。

殺される…!

いつ死んだっていいと思ってた。
それでも、誰でもいい、助けてくれ!気が付いたらそう懇願してた。

「一思いに死ぬか?」

うずくまったまま動けない俺の真上で、声がする。
もう駄目だ!
ぎゅ、と目を閉じて覚悟を決めた。


その瞬間だった。



「そこまでだ。」


凛と辺りに響く声に、俺はなんとか顔を上げる。
痛みで霞みかけた俺の視界に映った、夜にも鮮やかな紅。

「なんだお前?邪魔するならお前を先に殺してやろうか?」
俺の傍らの男が言う。


「やれるものなら、やってみろ。」
答えたのは、見るからに華奢なラインの体。
そして認識したのは、金色に光る瞳。


「ここはオレの縄張りだ。勝手な真似は許さない。」
言い終わるが早いか、またゾクリと悪寒が全身を走った。
するとそれまで強気でいた化け物が、急に震え出し、後ずさった。

「まさか…お前…!なぜ人間界にいる!?」

「貴様に答える義理はない。去れ!」
強い風が巻き起こった。

その直後、化け物は姿を消していた。


「大丈夫か?」
ハッと見上げると、俺を心配そうに見つめる柔らかい視線。
そんな風に見つめられたことは初めてだった。

いつも恐怖の目で見られていたから。

助かった…。
ホッとして、俺は意識を失った。
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