幽蔵ssT

□泡沫夢幻
1ページ/6ページ

─世界から音が消えた。
それまで鬱陶しいと思っていた傘に当たる雨の音も、近くの大通りを走り去る車の音も、一瞬で消えた。





ゲ、と幽助は声に出して顔をしかめた。
「なんっでこんな時に切れっかなー」
窓の外を見やる。
やはり雨足は今朝から強まるばかりで一向に止む気配はない。

ふぅ、と溜め息を一つ零して小銭とビニール傘を手に、幽助はコンビニへと向かった。

もうとうに陽は落ちて街灯の灯りだけが幽助の足元を照らしていた。
コンビニでお目当ての煙草を購入し、ダラダラと自宅への道を歩く。

途中小さな公園があるのだが、何とはなしにふとそちらを見て驚いた。
この土砂降りの雨の中、傘もささずに人がいるではないか。
しかもそれは幽助のよく知る人物であった。
─蔵馬だ。

彼の妖気に全く気付かないでいた自分にも驚いたが、それよりも幽助を驚かせるものがあった。
魔族の夜目で遠くからでもはっきりと見える蔵馬のその表情が、幽助の知る蔵馬の豊かな数々のそれとはまるで違っていたから。
蔵馬は雨に濡れていることも、ましてや雨が降っている事にも気付いていない風で、いや、まるでそんなことなどどうでもいいと言うような風で、ただ佇んでいた。
表情も感情も存在感すら殺して、ただ、立っていた。
あの、敵に向けるような冷ややかな顔とも違う、空虚な表情だった。

幽助は息を呑んだ。
蔵馬の頬を流れる雨粒が涙に見えて、暗闇の中静かに佇む蔵馬が、とても美しく見えたから。それは瞬く間に消えてしまう、手のひらに落ちる雪のように、儚げでもあった。


一瞬で世界から音が消えた。
一瞬で世界から音が消えた、と思った。


一瞬の後、幽助は声をかけて良いものか躊躇った。声をかけたら蔵馬が消えてしまうと思ったから。
けれど消えてしまったのはその躊躇いのほうだった。

「幽助」
ハッとした。まさか蔵馬の方から声をかけてくるなどと思いもしなかった。
蔵馬は先程の空虚な表情がまるで幻であったかのように、柔らかく笑んでいた。
幽助のよく知る、温かい笑みだ。

蔵馬は雨に濡れた髪をかきあげながら、ゆっくりと幽助の方に歩いてきた。
「こんな天気の夜に散歩?」
いつも通りの蔵馬の様子に、内心ホッとした。
「んにゃ。買いもん」
と、買ったばかりの煙草を見せながら、幽助もいつも通りに答えた。
「それよかさ、お前ずぶ濡れで何してんの?」
え?と蔵馬は一瞬キョトンとした表情を浮かべた。
「何…してるんでしょうね。」
泣きそうに笑った。
ドキッとした。
その表情も、初めて見る顔だった。
思わず顔を逸らしてしまった。
「オレんチすぐそこだしさ、取りあえず来いよ。そのままじゃ風邪ひくだろ。」
返事を待たず、幽助は歩きだした。
が、蔵馬が後を追ってくる気配がない。
振り返り、「蔵馬?」と名を呼ぶと視線を下にさ迷わせ、少し迷う素振りを見せた後、
「じゃ、お言葉に甘えて。」
と、スッと幽助の隣に並び、幽助の差す傘に入ってきた。


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ