おはなし きすまい

□ばれんたいん
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静かな社内にカタカタ…とパソコンのキーボードを打つ音が響く。



『…ふぅ、疲れた…』



今日中に終わらせなければならない仕事を終えた私は、大きく伸びをして斜め前のデスクを少し覗き込んだ。



その視線の先にはパソコンのディスプレイを目をしょぼつかせながら見ている彼がいた。



結局渡せなかったな…チョコ。



そんなことを思いながら時計を見ると、すでに22時を回っていた。



『え!もうこんな時間だったの』



と思わず独り言をつぶやくと、その声に彼が反応した。



「マジ?!めっちゃ腹減ったわ〜」



『あ、北山先輩、まだ帰らないんですか?もう私と先輩の2人だけですよ』



予想をしていなかった返答に少し戸惑いながら問いかけた。



「いやさ〜、今日中にこれ終わらせたかったんだけど全然進まねぇんだわ」



ヘラヘラと笑い、ネクタイを緩めながら言う。



『そうなんですか、お疲れ様です』



「高瀬は?終わったの?」



「あ、はい。今ちょうど」



帰り支度をしながら答える。



『ずりぃ〜!俺も帰りたい〜』



そう言って頬を膨らませる北山先輩は、本当に28なのかとたまに疑う。



まぁそこが可愛いんだけど…なんて思っていると視線を感じた。



「なに?何か良いことでもあったの?あ、今日バレンタインだからか!これから彼氏と会うとか?」



なんてちょっと食い気味に聞いてきた。



『ち、ちがいますよっ。彼氏なんていませんよっ』



慌てて答える私を見て、クスッと笑いながら言う。



「でもそれ、チョコでしょ?誰かにあげるんじゃねえの?」



『え』



持っていた紙袋を見下ろす。



私のことなんて気にもしてないと思っていたから驚いた。



見てるんだ…。



渡すなら今しかないかな、そう思い決心した。



『あ、えっと、これ、北山先輩に…。すきです。』



心臓がドクドク言ってるのが聞こえる。



「知ってた」



『え?知ってた?』



驚いて顔を上げると、にやっと笑った北山先輩が顔が近くにあった。



「高瀬ってわかりやすいからバレバレだよ」



そう耳元で囁いた。



「なんてな〜。なんとなくだよ。」



あっあっあっといつものように笑った。



『なんですかそれっ』



「ごめんごめん。チョコ、ありがとう。俺もすきだよ」



そう言うと不意打ちで唇を塞いでにやっと笑った。



『…なっ…』



急な出来事に固まっている私を背に、北山先輩は歩き出す。



『どこいくんですか?』



「帰るんでしょ?俺まだ仕事残ってるし、駅まで送る」



そう言って手を差し伸べた。






いじわるなのかと思えば優しい、そんな北山先輩はずるい。







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