聖者が待つ約束の地:T

□艦内巡視
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 最初に原は、艦橋直下に備え付けられている戦闘指揮所(CIC)に案内された。

 軍事作戦で長期の戦闘が想定された場合、艦長以下、艦の主要部員は周囲を重装甲で覆われたここで戦闘を指揮することになっている。戦闘時における被弾で負傷することを避けるためだ。

「いくらか広くなっているな」

 内部に入って見渡しながら原はつぶやいた。

 CICは、重装甲ゆえにその内部は一般人の感覚だとどうも狭く見えてしまうが、十分に訓練をつんでいる軍人なら十分に耐えられるだろう。それに、『矢矧』が従来の艦と比較するとはるかに巨大なため、その分CICも広くなっており、逆にいくらか過ごしやすくなっているのだ。



「あ」

 しばらく見渡していると、不意に後ろから声が聞こえた。振り向くと、入ってきた妙齢の女性が敬礼した。

「貴方は確か……」

「始めまして。『矢矧』船務長を拝命されました、名取華子一等宙尉です。突然入ってしまって失礼しました」

「いや、こちらこそ脅かしてしまって申し訳なかった。艦長の原儀一だ。以後よろしく頼む」

 答礼しながら原は名取という女性に目をやる。

 歳は二十代後半か。背中まで伸ばしたストレートの黒髪に清楚さと謙虚さを持つ表情であり、全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出している。軍人というより、どちらかというと和服を着て生花をしている姿がしっくりと来る大和撫子であった。

 するとその心情を察したのか、名取はおっとりとした声で聞いてきた。

「あら、艦長も私が雰囲気的にこの職務と似合わないと思いましたか?」

「ん?……まぁ、正直に言うとそうだな。気分を害したのであれば申し訳ない」

「いえいえ、私の家は代々華道の家元なので。そのせいか雰囲気がこの職と合わないとよく言われております」

 苦笑交じりに答える名取の言葉に原はなるほど、と妙に納得してしまった。逆にどうして軍に入ろうと思ったのか気になったが、今は別にそこまで深追いする必要はなかった。

「話は変わるが、ここに来たのは計器類のチェックか?」

「あ、そうです。お邪魔でしたらまた後ほど伺いますが」

「いや、こちらも見学が終わったところだからやって良いぞ」

 当然のことだが、精密機器のカタマリと言っていい宇宙船は計器類のチェックは欠かせないことであり、『矢矧』も例外ではない。早々にCICの見学を繰り上げたのは正しい判断であろう。


 再び大山を案内人にして、原はCICを後にした。
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