etc

□【水道管】人違い【全年齢】
1ページ/2ページ



朝から雨が降り続けている。

どうして自分がロシアの家に行く羽目になったのか。
ドイツは、ぬかるんだ道を歩きながら考えていた。
風邪を引いたロシアの見舞いに行くよう他の国から頼まれたことが主な理由だが、その他にも何か特別な因縁を感じるのだ。

ドイツの兄、プロイセンは長らくロシアと共に生活していた。
ドイツはプロイセンが帰ってきたときのことを、つい最近のように思い出せる。
大事な兄が奪われたことに、腹は立っていた。
しかし、ドイツは何年も前から繰り返し同じことを考えている。
兄さんとロシアは、どんな暮らしをしていたのだろう。
もしロシアの元に行ったのが自分だったなら、ロシアはどんな扱いで自分を迎えたのだろう。

ドイツは、肩を濡らしながらロシアの家に辿り着き、インターホンを鳴らした。
玄関には、少々顔が赤いこと以外は普段と変わらないロシアが立っていた。

「こんにちはドイツ君。」

ドイツは軽く会釈した。ロシアは、特に嫌がりもしなければ、喜んでもいないように見えた。

「会議の日に風邪とは、災難だったな。」

「えへへ、そうかなあ」

すぐ帰ると伝えても、ロシアはドイツに家に上がって行くよう勧めた。

ドイツがロシアの家に来たのは初めてではないが、二人きりになると自然と緊張してしまう。
油断しているとまた大切なものを持って行かれるのでは、という危惧もあった。
しかしそれ以上に、ロシアというひとつの国に対する執念のようなものがあったのだ。
兄を連れて行った国。自分の敵だった国。

ひとつずつ考えても、何故か憎む気にはなれない。
ドイツから見ると、いつもどこか寂しそうに笑っている国。
それがロシアだった。

リビングには暖房が付いていたが、それでもまだ肌寒い。
ドイツはコートを着たままでいることにした。

「体調は大丈夫か?」

「うん、平気だよ。ドイツ君、何か飲む?」

「いや、結構だ。」

ロシアは時折咳をしながらも、ドイツを見ては微笑んでいた。
また何か企んでいるのかという疑念はわいたが、ドイツは病人に優しくしようと覚悟を決めた。

「あー、ゴホン。寝ていた方が良いんじゃないのか」

「たしかに、寝てた方が楽だね。」

ロシアはソファに横になって、そばにあったブランケットをかけた。
静かな部屋には、雨の音と暖炉の音が響いている。

ドイツは、他の国から頼まれていた用事を思い出した。

「今日、連合国から預かったものだが・・」

ロシアはブランケットをかけたまま、身体を起こした。

「差し入れ?ありがとう。」

「お礼は見てから言うんだな」

「ん?」

鞄からロシアへのプレゼントを取り出して、机に置く。

「まずは、フランスの赤いバラ」

「これ・・股間を隠してるやつじゃないよね」

部屋に気まずい沈黙が流れる。
ドイツの記憶では、それを受け取ったときに服は着ていた。

「ゴホン。そしてアメリカから、ハンバーガー。
伝言もある。・・これを頭に載せると良いそうだ。」

「アハハハハハ!アメリカ君は面白いなあ!」

大きく目を開いて爆笑するロシアに、ドイツは冷や汗をかいた。

「中国からは、漢方薬。」

ロシアは瓶を掴んで、中身を覗く。
ラベルには、漢字でびっしりと説明が書いてあった。

「最後に、イギリスから・・・」

ロシアは、満面の笑みで受け取ったプレゼントを眺めていた。
ドイツが最後に取り出したのは、黒い手のひらサイズの塊だった。

「これは・・」

黒く焼けこげた、炭のような物だった。

「朝食用に多く作り過ぎたらしい。」

「ドイツくん、ひとつどう?」

「いや、・・結構だ。」

用事を済ませたドイツは、ロシアの負担にならない内に帰ろうとした。

「待って」

「・・・何だ」

呼び止められたドイツは、何となく先ほどの黒い塊のことを思い出して、身構えた。
しかし、ロシアの口から出たのは想定外の言葉だった。

「僕、いま寒気がして、寝たいのに寝られないんだ。ドイツ君、温めてよ」

ドイツは一瞬たじろいだが、すぐにロシアの方を向いた。

「布団に入ったらどうだ」

「布団?とっても寒いよ」

ドイツは、ロシアの寝床を覗いた。
さらに、部屋の暖房設備を見渡して、室温を上げられるものがないかどうか考える。

「ふむ・・・」

「そうじゃないよ。」

気付かないうちに、ドイツの背後にロシアがいた。

「そうじゃないんだ。」

ロシアは後ろから、ドイツの右手を握った。
ドイツは、突然の事態を飲み込もうとした

「手を・・握ればいいのか?」

「・・それだけじゃ駄目」

ロシアは、ドイツの手を握り続けている。
ドイツは相手の意図が読めず、ただロシアが至近距離にいることに戸惑っていた。
恐怖心は涌かない。背中に軽く寄りかかるロシアの体温を、わずかに感じていた。

自分の肩にロシアの髪がかかっているのを見て、ドイツは胸が苦しくなった。

「それなら、どうしたらいい?」

「君はイタリア君によく、キスとかハグとかしてるよね」

「あ、ああ。」

突然イタリアの名が挙がり、ドイツは少々面食らった。

「それはイタリアにせがまれてやっていることだが・・」

自分の口調が言い訳がましくなっていることに気付き、苦笑した。

「僕にはしてくれないの?」

ドイツは硬直した。
ロシアはドイツの身体から離れ、一歩下がって微笑んでいる。

「しても・・いいのか」

ドイツは誤摩化すように呆れた顔を作りながら、胸の鼓動が高まるのを感じた。
どうしてロシアが今そんなことを言うのか、必死で考える。

「うーんと」

ロシアはドイツを見て、少しの間だけ真顔に戻った。

「冗談だよ。」

「え?」

全身から力が抜けていくのを感じた。

「冗談だから。」

ロシアは、また微笑んでいる。

「寒いのには慣れてるんだ。」

「・・分かった。」

ドイツは、少しズレていた自分のマフラーの位置を直した。
そしてそこが自分の家ではないことを、改めて実感した。

「じゃあ、またおいで。」

「ああ。」

外では雨が降り続いている。ドイツは傘をさした。

「ロシア」

ドイツは、閉まりかけたドアに呼びかける。

「兄貴は来ないぞ」

独り言のように囁いた。
ドアの隙間で、ロシアの顔がわずかに歪む。

扉は閉まり、ドイツは雨の街に一歩踏み出した。

END.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ