□【東西】綺麗な人
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「兄さん、朝食の用意ができたぞ」

俺が部屋まで呼びにいったとき、兄さんはまだベッドの中だった。

布団を抱いて、静かに寝息を立てている。
俺はそんな兄さんを見ながら、布団に腰掛けた。

どうしたものかと逡巡しつつ、透き通るような白い髪に指をかける。

よほど疲れていたのだろう、兄さんは俺に気付くこともなく熟睡している。
昨晩は帰りが遅かったから、ここまで寝入っているのも無理もない。
長引いた会議の末、上司と飲んでいたらしい。
結局、兄さんが帰宅して眠りに就いたのは明け方近かった。

そんな事情もありもうしばらく寝かせてやりたかったが、あいにく今日も朝から出かけなければならない。

少し控えめな音量で、声をかける。


「兄さん」

答えはなく、規則正しい寝息だけが静かに聞こえる。

白い頬を指の端ですっと撫でると、唇から微かに声が漏れた。

「んっ・・・」

それでも兄さんが起きる気配はない。
腕時計を見ると、そろそろ時間に余裕がなくなる頃合いだった。

いつまでも眠る兄さんのそばに居られるかのように思えたが、俺は自分を奮い立たせて、

兄に、プロレス技をかけた。


「起きろ!」

「ぐぇ」

兄さんは間抜けな声を上げて、すぐに起き上がった。


「よお、ルッツ!おはよう!」

「兄さん、体調は万全か?」

起きてすぐ満面の笑みを向けられたが、俺は寝不足な兄の健康状態が気にかかっていた。

「おう、元気元気。俺様はいつでも最強だぜ!」

「ああ、そうか・・」

どうやら本当に大丈夫そうだ。それまでの心配が馬鹿馬鹿しくなり、部屋を出ようとした瞬間。

「なんなら」

兄さんが片手で俺の腰を掴み、引き寄せた。

「試してみるか?」

耳元に、兄さんの声。低くて冷たく響くが、どこか熱を帯びているようにも聞こえる。

「何の話だ」

「俺の強さ、ルッツに教え込んでやろうか?」

ふざけているのか、本気なのか。兄さんの指が俺のズボンにかかる。

「ふん。それで誘っているつもりか、兄さん」

「あ?」

腰にまわされた手を掴んで、兄さんの唇を塞いだ。

「ん・・・」

「兄さん・・」

「ルッツ」

兄さんは俺の髪を撫で付けた。
その表情はまだ、どこか虚ろな気がする。

「兄さん、寝ぼけているのか?」

「いや」

珍しく、一瞬目を反らした後。

「お前があまりに綺麗で、見惚れちまった」

予想外の言葉に俺は内心、動揺した。

「・・やはり寝ぼけてるんだろう、兄さん。早く朝食を食べてくれ」

取り繕うように、早口で言った。

「本気だぜ、ルッツ?」

自信に満ちあふれた声が聞こえる。
確認できないが、背後で兄さんが笑っているような気がした。

END.
(次ページ、あとがきです。)
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