短編


□ラテアート
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コートとマフラーが必需品となってくる、十二月半ばの今日この頃。

後数ヵ月で大学四年生になる私の学生生活はそれはそれは気楽なもので。

友人と出掛けたり、図書館で本を借りたりしていると、時刻は十四時三十二分。それから行き付けの喫茶店に行く。

大学から歩いて十五分の市街地の郊外にあるこじんまりとした喫茶店。元々此処を知っている人が少ない為、時には貸し切り状態になる事だってある。

私が此処を見付けたのは、二年前。大学に入学してまだ間もない頃だ。
宛もなくふらついていて、引き寄せられるように見付けたこのお店。
その日から私は、此処に通い詰めている。
今ではお店の人とも大分親睦を深め、時々サービスをしてくれるまでだ。

そんな事を考えながら、店の扉へと歩を進めた。

「いらっしゃい。」

扉を開けば、このお店の奥さんが温かく迎えてくれる。

「こんにちは。」
「えぇ、こんにちは。貴女が来るの、待っていたのよ。」

その言葉に頬が緩むのが、自分でも分かった。やっぱりこの人の笑みは落ち着くな、なんて思いながら、いつもの席に向かう。

良かった。今日も空いてる。

とは言っても、そんな心配はあまり必要無いのだけれど…。

私の指定席は、一番奥の窓際の席。
何故この席かと言えば、程好く陽が当たって心地好いというのもあるが、遮る物が殆ど無い為、外の景色や空、点々と姿を見せる道行く人々を眺める事が出来るというのが一番の理由だ。
因みに、大きな木が目の前に有る為、こちらの姿は向こうからはあまり見えない。何て好都合な席なんだろうか。

そうやって窓の外を眺めていれば、いつもの男性がお冷やを持って来る。
有り難う御座いますと言って軽く微笑めば、小さく会釈をしてそそくさと奥へ引っ込んで行ってしまった。



またか、って思う。



前に彼が他の人に接客をしている所を見掛けたけど、あんな仏頂面じゃなくてもっと愛想が良かった。
何か失礼なことでもしたかな…?

彼はこのお店で唯一のアルバイトだ。元々奥さんとその旦那さんだけで営んでいたから、ほぼ正店員のような扱いになっているらしい。
今時の男性、というよりはとても誠実そうな人だ。仕事も手際が良く、大体のメニューも任せられているんだとか。

しかし、本当に…どうして私にはあんなに無愛想なんだろうか?何か気に入らない事でも有るのだろうか?でも、接客は毎回あの人なのだ。

考えても仕方が無いと思った私は、取り敢えずカフェラテとガトーショコラを注文した。

例の彼が淹れるカフェラテにはラテアートが施されていて、注文する度に模様が変わる。
だから私は、滅多にカフェラテ以外の飲み物を注文しないのだ。



さて、今日はどんな模様なだろうか―――――。



注文をした品が運ばれてくるまで、当初の目的である読書を始める。
暫くすれば甘い薫りが鼻を擽って、顔を上げれば首が折れそうな程頭を垂らしている無愛想な彼。
いつもは目を逸らす程度なのに、一体どうしたというのだろうか。
彼は持っていたお盆から素早く注文をした品をテーブルに並べて、先程と同じ様に奥へと引っ込んで行ってしまった。

「…?」

テーブルの上に置かれたカフェラテを覗いて、はて、と思う。
いつもは凝っている模様が、今日は物凄くシンプルだからだ。



カップの表面一杯に広がる、ハートが一つ。



…たまには、こういうのも良いかな。
それに、この模様は見たことが無かったし。

カフェラテを少し口に含んで、ガトーショコラを一口。

うん。美味しい。

それを存分に堪能していると、向こうから御主人がやって来る。

さぁ、今日もたくさんお話をしようか。

御主人はまた、良い奴が入って来た、って、アルバイトの彼の自慢話しかしないのだろうけど。



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