「おじょー、さん。何してるんだい?」 街中で、愉快な声がした。態とらしい口調だ。肩を叩かれた少女は、振り向くと呆然とした顔で青年を見上げる。 「此処じゃ珍しい格好をしているね。迷子かい?」 青年は少女の身に纏っているものを眺めながら、一歩一歩、着実に距離を縮めてきた。 少女を眺める青年の目は細められ、口許が吊り上がるのを必死に堪えているように見える。何か得体の知れない恐怖を感じた少女は、青年から目を逸らせずに後退りしていく。その様子に青年の目は更に細められ、やがて、ゆらりと、腕が少女に向かって、上げられる。 「ねぇ、おじょーさん。俺と、イイこと、しな」 「なあにナンパしてるんだあい?」 突如、剽軽な声が青年の後ろから掛けられた。 「卵、買って来てって、頼んだよねえ?」 後ろに立つ人物は白衣に手を突っ込み、不気味に歯を見せて笑う。青年はそちらを振り返ると、先程までの恐怖を微塵も感じさせずに、おどけた調子で卵を買っていない事への言い訳をつらつらと述べ始めた。 だがそれは、直ぐに白衣の青年によって一刀両断されてしまう。 「でぇ、その子はどうするのお?要らないなら貰っていいかあい?」 白衣の青年は、やはり少女の身に纏っている物に目を向けながら言う。視線を投げ掛けられた少女は肩を跳ね上がらせ、また一歩、後退りをした。 「そおんなに恐がらないでよぉ。取って食おうなんて思ってないからさぁ。」 嘘つけ。少女は心中で吐き出す。 「唯さぁ、君のその格好は此処じゃあ目立つんだよぉ。着物は珍しいからねぇ。」 そう言われた少女は、今まで見えていなかった周りを見渡した。 瞬きをしたら変わっていた世界。見馴れた着物は、長屋は、暖簾は無い。 それに、何よりも、先程まで一緒に歩いていた三人が、居ない。 「取り敢えず、ボクの家に来るかあい?」 驚愕し、そして絶望する少女に呑気な声が掛かる。 「ボクはあまり好みじゃあないけれど、今回は特別にミルクティーを用意してあげるよお。」 少女の絶望は白衣の青年への恐怖を塗り潰し、容易に頷かせた。 「キシシッ♪知らない人について行っちゃあダメだって、君は言われなかったのかねぇ。まあ、次からは気を付けるよーにぃ。じゃあ、行こうかあ。」 くるりと背を向けて歩き出す白衣の青年を追い掛けるべきか少女が逡巡としていれば、その背中をそっと押される。 「安心しなよ。少なくとも、紅茶が不味いということは無いからさ。」 あぁ、この人も行くのか。少女はげんなりとした顔で、少しだけ後悔した。 ──────────── 「はあい、どうぞー。ちゃあんと茶葉から抽出したからねー。」 少女の前に出されたのは、甘い香りを漂わせるミルクティー。少女が居る部屋は、こ洒落た洋風のインテリアで、少女の正面に腰を落ち着かせた白衣の青年には合っていないようで合っており、だが、やはり部屋のインテリアからは浮いていた。横で足を組んで座っているもう一人の青年の方は、中々様になっている。 因みに、少女がその長い足に恨めしげな視線を送っていることには気が付いているらしいが、優雅に紅茶を啜りながらそれを受け流していた。 「さあて、まず、キミは迷子と見て良いのかなあ?」 「あー……多分…。」 少女は自信無さげに頷く。それに白衣の青年は歯を見せて愉しそうに笑い、紅茶を口に含んだ。 「じゃあ、保護者は居るのかい?」 「保護者って……。あー……一緒に居た人なら……。」 「特徴はあ?報酬は後払いとして、今回は更に特別サービスで探して上げるよお。」 「ほ、報酬……?」 「そ、ほーしゅー♪そうだねぇ、人数と範囲に寄るけど、一先ず十万くらいだねぇ……。」 「じゅっ……!?」 「だあいじょおぶだよお。分割払いでも良いからさぁ。」 それでも尚、少女は同居人の顔を思い浮かべながら難しい顔をした。だが、結局それしか帰る手段が無いと判断したのか、少女は渋々と了承する。 「きっまりー♪でぇ、特徴はあ?何人ー?」 「えっ…と……一人は白髪の天然パーマで死んだ魚の目をした男性で、もう一人は赤い髪に黒いシニヨンカバーを両側に付けた女の子で、最後がー……えーっとー……眼鏡のー……。」 「つまり特徴が無いと。」 「まあ、そういうことです。」 足を組んだ青年に手助けをされたのが不服なのか、少女は少し不貞腐れた顔をした。 ──────…… 「グッドタイミングだねぇ。」 唐突にインターホンが鳴り響き、暫くすると部屋の扉が開く。 家主の了承を得ない所、どうやら親しい仲の人物のようだ。 「こんにちは。お茶をしに来たわ。……あら?その子は?」 部屋に入って来た長髪の女性は少女を見ながら言う。 序でに足を組んだ青年も自分の存在を主張したが、残念ながら見向きもされなかった。 「迷子だよお。報酬はその子から貰うから、人探しをして欲しいんだあ。」 キッチンへと足を運びながら、白衣の青年は女性の問い掛けに答える。 「そう。なら良いわ。探してあげる。……あぁ、それから、新しいお菓子も用意して頂戴。」 椅子を引きながら女性は、足を組んだ青年を睨み付けながら言う。だが、青年は何処吹く風で、また一口、紅茶を口に含んだ。 「初めまして。訪ね人は必ず見つけてあげるから、其処の所は信用して良いわよ。」 「あ、ありがとうございます!」 やがて、キッチンから白衣の青年が顔を出し、女性の前にこれまた甘い香りを漂わせた紅茶と、テーブルにクッキーを乗せた皿を置く。 「いつも通り、生クリームはたーっぷり淹れておいたからねー。キミも、遠慮せずに食べて良いんだよお。じゃないと、また全部食べられちゃうからねぇ。キシシッ。」 「あ、はい。どうも。」 少女が勧められたお菓子を摘まんでいる間に、白衣の青年が女性へと人物の特徴を告げた。 「分かったわ。少し待っていて。」 「よろしくう。」 「お、お願いします。」 「………さあて。」 女性が別室へ移動すると、白衣の青年は先程から話に介入して来ない青年へと目を向ける。 「それ以上食べたら、どうなるか分かってるよねえ?それ高かったんだからさあ……。」 「分かってますよー。」 やはり青年は、こちらを見向きもせずに紅茶を口に含もうとして、動きを止めた。 「あ、おかわりおねがーい。」 「…………。」 白衣の青年は不気味に笑みを深くして、差し出されたカップを受け取る。後で覚えていろと、その眼が語っていた。 |