brise

□暗闇を、導くのは
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『すぐに行きます』

その言葉のとおり、走はすぐに来てくれた。
言葉は要らない。
ただ、視線だけをを合わせたまま、清瀬は中継ラインに立った。

『信じる信じないじゃない』

そう、そんな言葉なんかでは言い表せるはずがないんだ。

『ただ、きみなんだ』

俺の知る限り、きみは最高のランナーだ。
清瀬はゆっくりと片足を大手町のほうに向けた。
走の息遣いが感じられる。
思い切り突き出した両手に向けて、右手を差し伸べると、走はふわりと笑った。
アオタケに来たばかりの頃、なつかない野良猫のようだったかつての面影など、微塵も感じさせない笑顔だった。
自然、清瀬の顔にも笑みが浮かぶ。
走の熱い左手が、清瀬の背中を押す。

――行ってらっしゃい

なぜだか、そんな声が聞こえた気がした。
知っているんだろう。きみはもう。
俺の脚が、限界だということを。
それでも、俺はこのレースを走りきる。
受け取った襷が、肩に重く、その存在感を示している。
一度襷を握り締め、ただ前を見つめて懸命に足を動かす。いつか見たあの風景は、一度は俺を裏切ったけれど。

「うつくしいな」

あの頃よりも、数段うつくしくなった姿で俺を受け入れてくれた。
そのことに感謝しよう。
知っているだろうか、東京にでてきて、無名の弱小部しかない寛政大で、俺が暖め続けてきたはかない夢。
そのかたちを見つけたときの、俺の胸の高鳴りを。感動を。
俺はもう、一人じゃない。

「一人じゃないんだ」
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