Vent fort
□春風
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「今日、ハイジさんが来るんだって!」
春休みも終わりに近づいたある日、早朝のジョッグを終え、入念にストレッチをしていた走に、ジョッグから戻ったばかりのジョージが言った。
「……へぇ」
「へぇって。嬉しくないの?」
ジョージと一緒に、顔を輝かせていたジョータが、不満そうに眉を寄せる。
「嬉しいよ、もちろん」
「カケルのことだから、犬みたいに尻尾振るかと思った」
クスクスと、会話を聞いていた王子が笑う。
「……尻尾って」
走が呆れたように苦笑を浮かべると、台所の窓が開き、ニコチャンが顔を出した。
「おら、ストレッチ終わったならくっちゃべってないでさっさと入れ。体冷えるぞ」
暖かくなってきたとはいえ、朝夕はまだ肌寒さを憶える気候が続いている。慌てたように双子がストレッチを始めるのを横目に、走は立ち上がった。
――そうか、今日ハイジさんが来るんだ。
仕入れたばかりの情報に心が暖かくなるのを感じながら、立て付けの悪い玄関を開ける。
4年生だった3人が卒業してから、まだ一ヶ月も経っていない。それなのに、十人で暮らした日々が、遠い昔のように感じられた。
清瀬は宣言どおり、神童とニコチャンにできる限りの技術と、知識を与えてからアオタケを巣立っていった。
最初は戸惑いと遠慮を隠せなかった神童も、最近ではたいした鬼っぷりだ。
ニコチャンはニコチャンで、全力でサポートに回ると言った言葉通り、掃除や朝夕の食事当番など、かつて清瀬が担っていた雑務を黙々とこなしている。春休みに入って、正式に陸上部のマネージャーになった葉菜子の教育にも余念がない。
台所から香る朝食の匂いに、走は思わず微笑んだ。
一年前と少しも変わらない。
ただ、少しだけ風通しが良くなっただけで。
台所に入ると、ニコチャンが忙しく動き回っていた。
「おう、食うか」
「……いえ、みんなと一緒に。何か手伝いますか」
走の言葉に、ニコチャンは少し考えた後、調理で使った器具の洗い物を頼んだ。
ウェアの袖をまくり、手を泡だらけにしていると、ジョッグとストレッチを終えたメンバーが続々と台所に入ってきて、流しがきれいになる頃には、全員が揃っていた。