Vent fort
□薫風
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桜もとうに散り、青々とした葉を空に向かって伸ばしてる。
桜並木を吹き抜ける薫風は、徐々に夏の香りに近づいていく。
走がいつものように早朝ジョッグに行こうとアオタケの玄関を開けると、見計らったかのようなタイミングで向かいの建物の扉も開く。
中から現れたのは、ロンだった。
向かいに建った寮は『竹白荘』と名づけられ、アオタケに倣って、シロタケと呼ばれている。
建物は3階建てで、1階はすべて共有スペースになった。狭い台所でひしめき合うようにして行われていた作戦会議も、双子の部屋で行われていた飲み会も、今ではシロタケで行われている。
2階には新入部員の七人が入居し、3階はまるまる空いている。
「カケルさん、おはようございます」
折り目正しく挨拶をよこしたロンに、むずがゆさを憶えながらも挨拶を返す。
「おはよう」
台所から、朝食の準備をする気配が感じられた。窓が開け放たれていて、、ニコチャンとシムラが手分けして料理に勤しむのが見えた。
「おはようございます、ジョッグ行ってきます」
声をかけると、ニコチャンはおう、と返事を返した。
「カケルさん、ロン、行ってらっしゃい」
シムラも朗らかに送り出してくれた。
「カケルさんって、普段どんなコースを走ってるんですか」
走の隣で体を解し始めたロンが聞く。
「いろいろ。いくつかコースはあるけど、その日の気分によって違うかな」
へぇ、とロンはぎらつく目を走に向けた。
似ているな、と走は思う。普段は何にも興味を示さない癖に、こと走りに関しては異常なまでの興味を示す。
名実ともにアオタケのエースである走に、一番に懐いていることも。
自分ほど不器用ではないけれど、並々ならぬ闘志は気持ちがいい。
「一緒に走るか?」
「えっ、良いんですか!?」
ロンと同じように、寝ている間に強張った体を解しながらそう言うと、たちまち瞳を輝かせた。
「今日は川原の道」
「あぁ、あの時の」
あの時、と言うのはロンが入部した日の朝のことだろう。走は黙って頷く。
「今日はあの時ほどゆっくりじゃないけど」
そういう走に、ロンは苦笑いを浮かべた。
「あの日は俺も普段の半分以下の速さでしか走れませんでしたよ」
筋肉痛がひどくて。
とぼやくロンに笑いを堪えながら、走はゆっくりと走り始めた。
気持ちのいい青空が広がっている。
徐々にスピードを上げながら、走は緑薫る空気を肺いっぱいに吸い込んだ。