「んぅ」 左瞼に濡れたものが這う。右目を開けると余りにもイル兄の口許が近くてびびった。 「美味しくないね」 こんなことをされたのは初めてで、猫のようにじゃれて来るイル兄は妙に愛らしい。 「ごめん、キル」 「うん」 「キル」 「うん」 「キルをどうしたらいいかわからないんだ」 「どうにだってしていい」 「キルに出すのは背徳的だ」 「動物的だ」 「なんで」 「マーキングだろ」 「そうかも」 「イル兄のもの」 「キルは俺の」 「一週間くらいは」 「ずっと一生ね」 何度だって身体を重ねたはずだ。性処理奴隷のように扱われた夜も、ひどく虐げられて全治三ヶ月になったこともある。彼は至って猟奇的な愛情を注いでいた。彼の完成された殺人鬼の脳は俺を煮おうか焼こうかいつも悩んでいるようで、俺はなついていると見せて、どうしたらこっそりとその左手薬指に赤い糸を括り付けられるか泥棒猫の真似事をしている。結果的に、それは赤い糸よりずっと強い血縁関係のもと縛り上げられることを暗に意味してるんだけどちょっと忘れたい。 「イル兄を好きでいていいの?」 香水紛いの鉛臭さがつんとくる。むしろイル兄の体臭であるその毒々しいまでの殺めた証しは、俺の憧れであると同時に恐怖で、おののきながらもすがり付きたくなるようなもどかしい気分になる。 きっとみっともない顔をしている俺に、彼は絶えず優しい声で名前を呼びながら、じゃあ彼を殺してきてくれる、ととんでもないジョークを投げ掛けてくるから呆れてしまう。俺もきっとヒソカを殺って、と言ってしまうに違いないんだ。 end. |