「あっ、え、あれ」 「どした?」 「攻介」 「うん?」 「それプレーンシュガー」 「は?」 「こっちが新作のマンゴーダージリン」 晴人はドーナツを摘まみ上げる。うっすらと濃くなった縞模様が洒落ていた。 「わりわり」 「もういい。どっちもやる」 拗ねたように袋を突き返してくる晴人に対し、攻介はラッキー、とそれを抱き締めた。だって色が似ていたんだ。一応晴人のプレーンシュガー好きには精通しているつもりだったが、詰めが甘かったらしい。 晴人は空を見上げた。飛行機雲が駆け抜ける。天気がいい。攻介の寝床はここのところずっとこの雑居ビルの屋上だから、それが直に感じられる。相変わらず都会の空気は排気ガス臭くてかなわないし、直射日光は真皮にめり込むようだが溜まり場にしてしまっている辺り嫌いになれないのだ。晴人は呼気を蓄えて微かな新芽の香りに鼻をすんと鳴らした。 「はい」 不意に後ろから伸びてきた逞しい腕に重心をずらされた。攻介の右肩に凭れるような形で寄り掛かると、反射的な感動詞を述べている隙に馴れた味が味蕾を網羅する。 「間接キス」 声が、吹き込まれた。晴人の左鼓膜は、息を含んだ重低音で揺れている。 攻介には狙いすぎなところがある。格好をつけて、鼻につくような、むず痒い、気障な言動を故意にやっている。専ら面影堂で振る舞われるそれに晴人も手をこまねいていたのだが、暫くして御愛嬌で済まされるほどにまで成り上がった。しかし今は余りにも二人きりである。 こんなに気分の悪いことがあって堪るか。 こんなのは、多勢に無勢じゃないか。 なあんて、とお道化させるには晴人の器は小さかった。晴人は攻介が好きだ。あちらからの好意も見えているつもりで、しっかり半年待っている。だからと言って、こちらから何かするのはなんとなく違うとも感じていた。どこか女々しい部分があるのかもしれない。その代わりと言ってはなんだが、自分を女役と自覚している。攻介を受け入れようとこの半年、下準備には余念がなかったしモーションもかけた。その報いがこの心無い一言であるなら腸が煮えくり返ると言うもの。何もしないくせに、何もできないくせに、大した扇情である。この期に及んでまだ間接などと冠をつけるなんてドのつくヘタレだ。きっとキスをしたってヘタレだし、セックスをしたってヘタレに違いない。 「んっ」 攻介は双眼をぱたぱたと開閉して暴挙に息を飲んでいる。晴人の左手は攻介の項をホールドして背もたれに追い詰めた。プレッシャーキス。上手く攻介の意表を突けたらしい。 「ちょっ、んんっ」 一つほくそ笑んで、晴人は徐に口腔内に割り入った。水音が厭らしい。鼻をならして息を荒げる攻介が可笑しくて堪らない。このまま攻介にはマグロになってもらって、お仕置きも兼ねて自分が上で主導権を握るのも悪くないと少々アブノーマルな性癖にくるぶし辺りまで浸かる。そして惜しむように銀の糸を張り詰めらせ、攻介を手放した。 |