漆黒だった。点々と申し訳程度に備え付けられた灯では、満足に十メートル先を見据えることもままならない。 俺たちはそこを巣と呼ぶ。 女王様の守護とそれに際する備蓄、組織の権化。言わば俺たちの城であり国。知ってる奴も知らない奴も全員が王の誕生に向け、精励恪勤している。同じ種族だ。いがみ合うことはないが、慣れ合うこともない。俺はそれでいいと思っている。もともと俺たちは摂食交配であるし必要のないことだ。 だが、この方は違った。 「君、名前は?」 頭の左右についた獣毛の耳がぴくぴくと痙攣する。不気味なオーラと戦闘の気配。俺みたいな下っ端でもわかる。強い。 「ヂートゥと申します」 「ふうん」 二、三日前に聞いたことがある。 王直属護衛軍が生まれた。一匹は猫型だという。名をネフェルピトー。特質系念能力者で、しかも愛らしい外面ではあるが、非情で戦闘嗜好が強い。人懐っこいが機嫌を損ねると厄介で、同期も手を駒ねいているらしかった。 「君、チーター?」 「左様でございます」 「そう。僕は猫ニャ」 「お噂は予々伺っております、ピトー殿。御目にかかれて光栄です」 「ふふ」 彼は大きな猫目をぐっと細めて、何がお気に召したのやらほくそ笑んだ。最敬礼もほどほどに踵を返してたじろぐ。掌に血が流れていない。 「ピトー…殿……?」 右手はすっかり麻痺していて、到頭屍になり果てた。華奢な肉きゅうが手首に絡み付いて前膊骨ごと握り込む。激痛に眉を寄せて呻いた。息を絞り出すようにして余力を抜いていく。肺が空になると立ち眩みがした。 「そんなに脅えないでよ」 土作りの内壁がじゃり、と不穏な音をあげる。壁際へ追いやるように、ピトー殿が非力な俺を抱えあげた。せり寄ってくる顔が遊び方を熟慮していて戦慄する。 「ほうら、可愛い顔」 「はっ、あ゙ぁっ」 然してその柔い手指は喉に掛かる。それほど力は入れていないらしい。支柱を失った身体がずるりと垂れ下がっいるせいで、絞首刑の要領で頸部圧迫がなされる。天を指す顎にキスを落として、また不敵に彼が笑む。 「君のことはコンドルの彼から聞いてるニャ」 「んぐっ」 「相当俊足らしいね」 体幹を撫ぜていた右手が腿に一線を画した。それだけでひくひくと内股が騒ぐ。なんとか直立していたはずが、いつしか跪いて片膝をピトー殿に託すような酷くふしだらな体勢をしている。 「ねえ、ヂートゥ」 口唇を小刻みに動かし酸素を取り込もうともがく。彼にしがみついた。身分不相応の概念はない。単にごく自然な、本能の反射に基づく生を乞うための不祥事だ。彼の珍しく低音な声がダイレクトに入ってくる。殺される。鋭利な爪が背筋を登った。 「ネコ科同士仲良くしようよ」 俺は勃起した。 end. |