―――閣下ったら今日も黄昏て。近頃ずっとこうよ。何か難儀があってのことかもしれないわ。お聞きしたら。いいえ、ラザニア。分を弁えましょう。陛下が気遣ってくださるはずよ。 城のメイドは良くも悪しきも姦しい。背後から浴びせられるゴシップはとても聞き捨てなるものではなかったが、抗議はため息に乗って石造りのバルコニーを飛び降りた。 「リ……」 ユーリが魔王に就任してもう随分になる。ユーリはへなちょこだが、彼なりに王としての役目を果たしていると思う。それは国民も認めている。何かあれば尽力できる腹づもりはできているし、彼の平和共存的主張には概ね賛成だ。このまま邁進するとしよう。他国間交流も上手くいく。地球との往復も恙無い。悪は成敗されるだろう。順風満帆。どうして僕は満悦しない。 「ユーリ……」 僕は懊悩している。キス。ハグ。手を繋ぐだけでもいい。あわよくばその先を所望する。求婚したのはユーリだ。それからというもの、僕は日に日に恋患った。いっそこの身体、陛下に捧げ、まぐわう事恐悦至極に存じ上げる。それは真理だが、実状はそれに伴わず、せめてもと同衾に至ってはいるものの養女の前で事に及ぶのは躊躇われた。 「っの、へなちょこ……」 ユーリもユーリだ。モーションは一度きり。それを強みに、儀も籍も疎かである。誤解だと説く割に二人きりの時はさして嫌悪も認められない。これが倦怠なら、婚約解消も呑める。いかんせん僕は貞操が過ぎた。 「もしかしなくても、俺の事だったり?」 「ユーリ?」 「ああ、ごめんごめん。小腹が減ったんで、エーフェが何か作ってくれないかな、なんて思ってここへ来たら、お前がぶつぶつ言ってて、つい」 「さっき昼食を終えたばかりだろう」 「おやつだよ」 「肥えるぞ」 「どうせ俺は誰かさんみたいに超絶美少年じゃありませんよーだ。いいんだよ、このあと試合あるんだから」 「また野球か」 「そ。ヴォルフも見に来いよ。何なら助っ人外国人でもいいぜ」 「僕は執務で忙しいんだ」 「暇そうだったけど」 「それは……」 「まあそんな根詰めなくてもさ。たまにはパーっと息抜きした方がいいぜ。仕事増やしてる俺が言うセリフじゃねーけど」 ―――さすが陛下。ほんの二言三言で閣下を慰撫なさったわ。本当。お似合いね。羨ましい。 図星だった。 「たっ、たた、たった今、休息していたところだ」 「そっか。邪魔して悪いな」 「そう言えば、グレタは?」 「ん?あー今日はアニシナさんとこ遊びに行ってんじゃねーかな。新しい魔動装置の実験をするとかなんとかで」 「大丈夫なのかそれは」 「うん。大丈夫。実験台はグウェンだから。その辺は念押しといた」 「それはそれで大丈夫なのか……」 「大丈夫なんじゃねーの。いつものことだし」 「いつものことで爆破させられては国が傾くがな」 「まあそう言うなって」 それだけ言って、ユーリは食堂を後にした。メイドも肴(あて)をなくして退屈したようである。きゃあきゃあとやかましい声はにわかに遠のいた。 |