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□マッドロマンチスト
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スランプだ。空調の利いた1DKのマンションで一人、咆哮するには温い環境がいっそう癇に障る。
執筆はむしろ上り調子だった。ひと月先までペン入れも済んでネームもだいぶ溜まっている。息抜きにシュージンが見吉を連れて、と言うか見吉に連れられてどこかへ行ってしまう程度には楽観視していい。けれども俺の気はちっとも休まらなかった。シュージンのシナリオを生かし切れていない。見本に届いた雑誌を一巡して肺腑にしみ入る。ベターとベストを履き違えた自堕落な絵は到底許容出来かねた。



ピンポーン。俺は潜在的に、邪魔立てを承知で新鋭の天才漫画家・新妻エイジのもとを訪ねていた。

「留守か……」

何度呼び鈴を鳴らしたところで人の出てくる気配はない。この時間帯なら仕事をしていると思い込んで来てしまった。そうでなくても、エイジは東京を怖がっていたし、引きこもりの気もある。外出は相当に珍しい。諦めて踵を返そうとした、その時―――。

「うおおおお!」

覚えのある雄叫びに思わずノブを引いた。施錠されていない。エイジだ。やっぱりエイジは中にいる。失礼しまーす。どうせ聞こえてなどいないとわかってはいても、一応断りを入れ中に入る。玄関を埋め尽くす量の靴も今日は鳴りを潜め、しんとした廊下の奥で変人が飛び跳ねては呻った。

「こんにちは」

「シャキーン!ズババババ!」

「あの」

「女の子、降ってくるです!」

「新妻さん」

「ドヒャー!」

エイジはデスクの前で何百はあろうかという数の原稿に鋏を入れ、切っては撒くを繰り返している。紙吹雪の散乱した部屋は案の定彼以外の人影もなく、原稿が上がったにしてはテンションが振り切れて手がつけられない。呆気に取られ立ち尽くしていると、ちょうど一周くるりと回転したらしいエイジがしおらしく小首を傾げてやっとこちらを見留めた。

「んー?亜城木先生じゃないです?どうしました?」

それはこっちの台詞だという気持ちをフルに飲み込んで、努めて優しい声を出す。

「こんにちは。勝手にお邪魔してすいません。ちょっと仕事に息詰まっちゃって、新妻さんの絵を見て勉強させていただこうかと」

「おお。それは大変ですね」

「今日はお一人ですか?」

「うーん。実は僕もちょっぴりイライラ中なんです。だからみなさん帰ってもらいました」

天才でも振るわないことがあるのか。そしてアシスタントをおん出すのか。恐ろしい。これはもしか来るべきじゃなかったのかもしれない。

「エッチな女の子描きたいです。もちろん新キャラです。初登場はパンチラに決めました。見開きドドーンです」

「はあ」


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