真城最高。漫画家。漫画家と言っても作画担当の半人前で、話は相方のシュージンがつくってくれている。 「うーん」 「どうですか?」 「悪くないけど、二人の良さがまだ生かし切れていないような気がするな。もっと話を掘り下げて、主人公の影の部分をピックアップしてもいいと思う。序盤だからこのくらい小出しにしておきたいのはわかるけど、邪道を極めるなら掴みのインパクトは最重要課題だ。出し惜しみしないこと」 「あー」 「どうした?」 「やっぱりって感じです。俺たちもそう思ってました」 「話の大筋は見えてるんですけど、一話毎の細かいネームまでいまいち詰められなくて」 「俺の絵も中途半端です」 「すいません」 肩を竦めて並び詫びる俺たちに、服部さんは叱るでもなく苦笑を浮かべるなり愚痴をこぼした。 「この暑さだからなあ…」 今年の東京は冷夏だなんて言われていた梅雨入りが嘘のようなピーカン。連日更新される最高気温に一喜一憂することすら面倒なこの体たらくを人は夏バテと呼ぶ。基本的に仕事は室内で行われるが、長時間の冷房で冷え切った身体、たまに外出した時の寒暖差にやられて着実に脆弱の一途を辿っていた。 「とりあえずアイスでも食うか?」 「マジっすか?」 「こう暑いと描くもんも描けないだろ。確か編集部にチューペットが買い溜めしてあったと思うんだけど。特別に持って来てあげるよ。最近頑張ってるのわかるし」 「ありがとうございます」 「食ったらちゃんと描くんだぞ」 「はーい、ご馳走様でーす」 服部さんの背にじわり汗が滲むのを見た。とりわけ来客の応対も兼ねるここは適温に思えるが、仕事熱心な彼には蒸し風呂のようである。 「俺、見吉に電話してみるわ」 エレベータが上昇するのを確認した後、シュージンはポケットから取り出した角の丸い携帯を慣れた手つきで操作するなり耳に当てた。こちらも聞き慣れた専用の呼び出し音が鳴る。 俺たちは生憎夏季にやられるような柔じゃない。仕事に追われて満足に相手してやれなかったツケが回ったのか、見吉と揉めたらしい彼の進退は問われていた。 「じゃあ俺も」 そして俺は一か八か、同じく携帯を取り出すなり席を立って掛け慣れない番号を探した。 新妻エイジ。漫画家。WJにおいて十年に一人の逸材と称される実力の持ち主で、ただいま絶賛俺の懸念材料である。 事の発端を一週間前の昼過ぎにまで遡りたい。 彼の仕事場兼自宅にアシスタントがてら見学に伺った日のことである。手土産にシュークリームをぶら下げてそこを訪ねると、中に自己陶酔するカラスが一羽。他にアシスタントや担当の姿はなく、甚だ一辺倒な返答ではあったがみな昼食に出払ってしまっているらしかった。手伝うといってもみんなが来るまではいいとのこと。手持無沙汰にくだんのシュークリームを差し出せば、それはおやつと呼ばれた幼児のごとく食いついてくれた。暫くは談笑を交えながら寛いでいたものの、次第に言葉少なに、どうも視線が突き刺さる。 僕の顔に何か付いてますか―――? そう言うや、左の口角を吸い付いていったのはくちばし以外の何物でもなかった。 |