「アツシが?」 「もちろん却下だけどな。罰としてメニュー3倍プラス練習後のゴール片付け、代わりに今日一日オフにしてやった。まったく何考えてんだか」 福井の発言は氷室の手を携帯へ導くには十分だった。粉雪の降り荒ぶ連絡通路から紫原宛に何度も何度も発信する。でも繋がらない。悴む手で操作にもたついていると、一通のメールが届いた。差出人は紫原で、本文には当分自分に構わないでほしいとある。 「はあ」 氷室はわかった、とだけ返して朱色に固まった指先を自らの息で温めた。 翌日には紫原も何食わぬ顔で部活に復帰していた。昨日買い溜めしたのかお菓子はいつもの倍以上所持している。 「お前調子乗りすぎなんだよ」 「ごめーん」 「アツシ昨日休んでこれ買ったネ。一つもらうアル」 「ほう。きりたんぽ味とはいい趣味しとるわい。どれワシも」 「いいよー。一個ずつね、はい室ちん」 「Thank you,アツシ」 練習態度も相変わらずで、怠慢な彼を上手く擁護しながら氷室は難なくメニューをこなした。しかし視線は一切向かない。氷室の中で不安が少しずつ苛立ちに変わる。 「おうアツシ、お疲れ様。アツシもシャワー浴びてこいよ。髪乾かしてやるから」 その日は主将が急用とかで、部室の鍵は氷室が預っていた。秋田の冬は冷える上に街灯も少なくて危ない。熱いシャワーを浴び終えるとそこには紫原一人しか残っていなかった。 「別に。家帰ってから浴びるし」 部活の最中と打って変わってつれない態度。じゃあね、そう言って扉へ向かう紫原の腕を、擦れ違いざまに氷室が引きとめた。空いた右手でこぶしを作ると力任せに振り下ろす。巨躯でも若干、視界が揺らいだ。 「ったあ!」 「ふざけるな!」 怒声は重なって寒風に紛れた。冷えたコンクリート打ちっぱなしの質感が、妙な真剣味を持って氷室の体温を上げる。 「ふざけるなよ、アツシ。俺がどんな思いで返信したと思ってるんだ。いつまでも聞き分けのいい、バカな先輩じゃねーよ」 自分より一回りも二回りも小さな肩が、薄いワイシャツの奥で震えていた。湯上りの着崩した格好は、しなやかな筋肉の動きをより扇情的にみせる。 綺麗な男だ。 見た目だけじゃない。中身も、性格も本当に綺麗だ。だから一人占めしたいと思うし、同時にそれが行き過ぎているとも思う。紫原はまさにその渦中にいた。 「冷たくされるのは堪える……」 氷室が少し落ち着いた風でようやっと目を合わす。紫原も諦めがついたようだ。眉間のシワを払い、いつものふにゃふにゃと無気力な表情に戻っている。 「室ちんそれ本気で言ってんの?」 「へ?」 「俺けっこう頑張ったんだけど」 「何をだい?」 「口数少なく?クールに?硬派なイケメン」 「What?」 「好きなんでしょ?」 そういうのが、と付け加える前に氷室の台詞が来た。 「俺はアツシが好きだよ?」 真顔でそんなことを言うものだから、蛇足にもならないような感想が情けなく前歯を抜けていく。 「はぁあ!?室ちんうざいし!もう意味わかんない!」 このヴィーナスは紫原を司る。 end. |