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□三つ巴アンチテーゼ
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「エレン」

西日の射す旧兵舎奥の廊下で、慣れたハスキーボイスを内耳に迎え入れる。エレンは思わず顔をしかめた。不快感を伴うまでに温まった息と、やや培養された濃い体臭を浴びて納得できる。

「新しい実験をしよう。二十時に私の部屋へおいで」

仕事が立て込んで何日か寝ていないハンジ・ゾエの周期明けは総じてセックスを欲する。実験があるではなく、しようというのが彼なりのスラングだ。特に今日は新しいと来てる。気を揉むこともとうに慣れ、最近は好奇心が勝ることも少なくない。

「わかりました」

エレンは二つ返事で了承した。ハンジを慈しむ余り、もはやヒーリング法に難癖はつけないのである。一つだけ言えることがあるとすれば、どうか失神ではなく純粋に睡眠をとって朝を迎えたいということのみ。望み薄である。



「ハンジさん」

二十時きっかりの分隊長室前で、エレンは尻込みしていた。来いと言われて来ただけで、かつ実験の内容を大まかに把握していてもなお、このドアを開けるのは見た目よりずっとハードだった。

「ハンジさん、俺です。エレン・イェーガーです」

「どうぞ」

「失礼します」

ノブを捻って一歩前へ、扉を閉めたら一礼して更に奥へ進んでいく。

「こんばんは」

「やあエレン。よく来たね」

ソファの端に掛ける彼は先程とまるで同一人物とは思えないほどに清潔だった。シャワーを浴び、トリートメントでも施したのだろう髪はブローしたてで艶めいて見える。真新しいシャツとスラックスは部屋着といえど上品で貫録があった。

「そんなとこに突っ立ってないで、ほらここ座りなよ」

「はい」

促されるまま、ハンジの隣に腰掛けて数分。エレンは妙な距離感に気が付いた。二人掛けのソファは、いつもハンジがこれでもかと詰めてきて狭苦しいというのに今日は随分間がある。それどころか部屋に招いた張本人が、読書に夢中でちっともこちらを見向きもしないのだ。

「ハ、ハンジさん、あの」

「ああ!悪い、コーヒー!エレンのを出していなかったね」

すぐ淹れてくるよ。そう言って席を立った彼を見て確信する。おかしい。いつもならカップより先に手が出て、コーヒーより先に精液を流し込むような男が、何もなくいそいそと流しへ向かうわけがない。絶対におかしい。

「ハンジさん、何を隠しているんですか?用がないなら俺、帰りますけど」

「待ってエレン!お願いだから帰らないで!実は私も焦れてたところなんだよ」

「は?」

「リヴァイいるんだろ!?マスかいてないで早く出てきなよ」

ハンジがエレンを足止めして廊下の方へ呼びかける。ハの字に下がった眉、慌てた口ぶりが嫌な予感を現実のものにした。

「このクソメガネ……」

「リヴァイ、お疲れ様。なかなか入って来ないから心配してたんだよ」

「リヴァイ兵長!?どうしてここに!?」

「これは一体何の茶番だ」

兵長改めリヴァイ兵士長が、腕組みをして低い姿勢からこちらを睨みつけている。何度か二人を往復したらしい上等の三白眼は、すべて察した上でまだ、嵌められて堪るかと凄まじい剣幕を見せた。

「まあまあ二人とも。これで役者はそろったわけだし、みんなで一晩、仲良くしようよ」

しよう、というのは彼なりのスラングだ。
エレンはぞくぞくと背筋の凍る思いがした。左を見ればそれはリヴァイも同じようで、背凭れに置いた腕で頭を抱えている。

「ねえ、エレン」


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