「おいピトー」 僕をこんな風に呼べるのは彼以外王か直属護衛軍の一人でなければ有り得ない。僕はそれ以外にいわゆる呼び捨てやため口の類いは許していないし、それ以前に弱い者にはまるで興味がない。そこで彼という一線を画した猛者が現れるのだが、これがなかなかどうして手前勝手な男である。 「大丈夫かよ、すごい量だぜ」 もともと身分や職種による隔たりを無くそうと言ったのは僕で、彼に気安い愛情表現を望んだのがことの発端であるが、事態は僕の想像を優に超え、彼に揶揄と反抗の余地を与えてしまったに他ならなかった。人間で言うところの、結婚してから貴方変わった……とか、あたし付き合うと満足しちゃうタイプなんだよね〜とかいう一種の倦怠なのかもしれない。もしくは元来こういう人物であったか。借りて来た猫、猫被りとはよく言ったものである。 「ヂートゥがセックスしてくれたら楽に、なる、かも……っげほ、ごほっ」 「やーだね」 仰せのままに致しますとか、勿体無きお言葉、ありがたき幸せなんて言っていた可愛いチーターはどこへやら、ヂートゥは僕の背を擦り、眉尻を下げてまったく、と呆れた。 「お前また俺にさせる気だろ。するならバックがいい」 「えっ、ヤってくれるの?」 「でも病んでる奴と寝る趣味はねーからやんない」 「可愛くないニャー」 時に、僕は猫の遺伝子を色濃く受け継いでいる。そのため二ヶ月に一度大量の毛玉を吐く習性が抜けない。その点ヂートゥも同じネコ科なのだが、彼には全くと言っていいほどその症状が見られなかった。羨ましい限りである。 「ほら、いいから寝てろって」 「えー、せっかく一緒にいられるのに」 「んなこと言ってる場合かよ。明日また大規模な円の展開があるんだろ?」 「うん。だからその前にと思って」 薄汚れたシーツにヂートゥを引き寄せる。 「バーカ」 ヂートゥはぽかぽかと猫パンチを繰り出しながら僕の腕の中で愛らしく暴れた。堪らず口唇をつき出し、いじらしく上目を向ける手練手管を弄する。 「その手には乗らないぜ」 すると顔面にクッションがぶち当たってちょっとよろけた。拍子にまた毛玉が込み上げてきて、慌てて枕もとのバケツを手繰り寄せ嘔吐する。 「っか、けほ……うえー…ヂートゥが僕に優しくニャい…」 「俺は心配してやってんの。それをお前が茶化すからだろ」 「わかってるよ、けど」 「なら大人しく寝てろ」 言うなり、ヂートゥは僕の口元まで布団を被せてからそっぽを向いてしまった。僕は大きく離された距離にむう、とあけすけな悪態をつく。 「俺だって楽しみにしてたんだからさ。夜までには治せよ」 僕は暫し彼の言っている言葉以上の意味を汲み取れずに固まった。しかし只でさえ埃っぽいピローから少し頭を起こすだけで見えてくる。素っ気無い態度とは裏腹に垂れた耳や、表情を隠すように毛繕いする右手、僕の反応を窺ってくねくねと蛇行する小斑紋の尻尾が訴えるのだ。 「三十分待って」 「あ?」 「三十分寝れば治るから」 「はあ?」 「そしたら絶対、セックスしてよ」 もはやどちらが飼い主か知れない。たかりせがむことも厭わなくなった僕のカースト分化は喜んで情死した。 end. |