悪い噂を耳にした。ピトーが好色家で、しかも人間の男相手に夜毎凌辱を繰り返しているというのだ。無論一介の師団長クラスが知るべきところではないし、今や殆どのキメラアントが戦闘に特化したため干渉もしない。けれども俺は感傷していた。直りかけの猫背を再度折り曲げて手足を擦るように廊下を行く。途中何匹か顔見知りの兵隊長に声を掛けられたが、飄々と駆けていない俺が余程珍しいらしい。それもすべて右から左だった。 「うおっ」 たたらを踏んだ膝が人気のない食糧庫へと落ちる。ひどい悪臭が鼻をついて、次第に目が慣れると鬱蒼と生い茂った木々に肉塊が寄生したような物恐ろしい樹海が広がっていた。そこへ蹲って哭く。 「ふっ、くぅ……」 俺はしばしばピトーと尾を交わらせていた。彼とのセックスは気違い染みて嗜虐的なものばかりだったが、一方で強い支配力と深い愛に堕とされる。可愛いニャ、僕のチーター、愛してるよ。そう囁かれる度に喉が鳴った。けれども所詮俺たちは摂食交配なのだ。いっそこの実になりたい。ピトーに食われたらどんなにいいだろう。想像するに易く、俺はまた大腿の小斑紋を濡らした。 「っう……うう、ピトー…殿」 「どうしたのこんなところで」 今一番聞きたくて聞きたくない声を聞いた。急ぎ背を振り仰ぐと、ピトーが人差し指を額に当てたまま怪訝そうに見るその視線とぶつかった。 「あ、のっ、俺」 「誰に泣かされたの」 「それは」 「言って」 殺そうという眼、次第に指先へ集まったオーラからピトーの並一通りでない憤怒が窺える。 「噂…を聞きました。ピトー殿が、その、寵愛なさっている人間のこと」 「……」 「なさっている行為など」 「ふーん」 思いのほか軽妙な相槌が返ってきて愕然とした。長い爪が手のひらの柔いところを食んで、鮮血が滴ってもずっと心が痛いのだ。ピトーとする時はいつも、ひどく抱かれたって心は満たされていたというのに。 「なるほどニャ」 「へ…?う、わ……?」 すると唐突に俺の身体は持ち上がって浮揚感を得た。膝裏と脇の下からピトーの腕が入ってきて横向きに固定される。ヒゲが触りそうな距離だ。気まずさに鼻先を反らせるよう上体をくねらせる。ピトーは早足で歩き出した。 「さあ着いた」 暫く規則的な動揺に身を委ねてから、古臭いドアの面前で下ろされる。爪を使って器用に鍵を開け、部屋の奥へ進むなりピトーは言う。 「これが僕の玩具兼試作品でペット」 開かれた右手の先に噂に違わぬ人間の男を見た。白に近い栗色の髪は椅子に掛けても床に着くほど長く、左右非対称の目、そこ彼処に残る痛々しい縫合痕はきっとピトーの手によるものなのだろうと瞬時に理解が及ぶ。 「カイトって名前らしい」 しかしそれはまるで屍のようだった。たまに周囲を警戒してギシギシと機械的な音を立てるが、決して攻撃はしない。かと言って媚び諂う様子もなく、然るべきレスポンスもないそれはもはや人間であることすら疑わしい。 「おいで」 カイトの目の前にある、シングルサイズのベッドへ腰かけたピトーが諭すように俺を呼ぶ。寄ればくっと手首を掴んだピトーに足の間へ座るよう促された。その腕の中におとなしく収まっていながら、今度は至近距離で、じっくりとその男を観察してみる。呼吸はある。心拍も、体温もおそらく正常だろう。ではこの無機質な印象は何だ。 |