過去拍手

□初夏sympathy
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梅雨のじめついた雨に覗いたつかの間の晴れ間。
眩しい太陽の煌めきと夏の風が流れる爽やかな街をジョセフは軽やかな足取りで歩いていた。

「暑っつーー!」

剥き出しの皮膚にヒリヒリとした痛みを感じるくらい強い日差しに、ジョセフは空を見上げて文句を垂れる。
しかしその口調はどこか楽しげで、眼前に右手をかざして青空を仰ぐ表情も口元に隠しきれない笑みが滲んでいた。
戻した視線を左手に持った荷物に向ける。白と赤のビニール紐が交互に組まれた網の中で深い緑色が鈍い輝きを放っていた。
紐が食い込む掌から伝わるずっしりとした重さと、これから訪ねる先の住人の反応を想像して口元に浮かぶ笑みが更に深くなった。

「あいつ、ちゃんと家にいるかな?」

小さく独り言を呟く。
いるかななんて疑問符を付けてはいるが、今日はバイトもなく学校が終わった夕方からは完全フリーなのは調査済みだった。
そして、そんな日は自分が遊びに来ることを予測して住人は大概部屋にいる事も知っていた。

「へへっ」

思わず溢れる笑いを連れて、通いなれた細い路地を足早に歩いていく。
羽織った白い麻のシャツの裾が涼しげな風に靡いていた。





「シーザーくーん!あーそーぼー!」

シーザーのアパートにたどり着いたジョセフは、目的の扉の前でインターホンを連打しながら小学生みたいな訪いを大声で叫んだ。
少し古さが強い、全ての部屋が横並びになった横長のアパートの二階角部屋がシーザーの住まいだった。
打ち晒しのコンクリートの通路に茶色のドアが無機質に並ぶ様子をぼんやり眺めながら、シーザーが出てくるのを待つ。
サンルーフなんて洒落たものがない通路は頭上から燦々と太陽が容赦なく照りつけていた。じっとしているだけで吹き出してくる汗を手で拭う。
土産の荷物を持ち代えて痺れた左手を振っていたら、ようやく扉の向こうが騒がしくなった。
ドタンバタンと騒々しい音がしばらく続き、やがてチェーンが外されるかわいた金属の擦れる音がした。

「ジョジョ!調度良かった、今から――――」

「シーザーちゃん見てみて!すっごいお土産があ――――」

ドアを開けて飛び出してきたシーザーと、ぶら下げていた手土産を満面の笑顔で差し出したジョセフの声はほぼ同時に発せられた。
そして始まったのと同じくらい同時に消え去っていった。
言葉を失い沈黙するシーザーとジョセフ。今年初めの蝉の声が、アパートの脇に立つ大きな樫の木から聞こえてきた。
より暑さを倍増させるジワジワという鳴き声をしばらく耳にした後、最初に動きを見せたのはシーザーだった。

「ジョジョ・・・それ・・・」

一人暮らしのアパートにはよくある小さな玄関。ドアを開けた格好のまま靴を片方だけ突っ掛けた状態のシーザーが呆然と呟いた。
ゆっくりと上げられた右手がジョセフを指差した。
正確にいえば、ジョセフの差し出したそれを指差していた。
昔ながらのビニール紐で作られたネットにくるまれたそれは、ジョセフの顔より大きなスイカだった。
太陽の光が艶々とした緑と黒の縞が浮かんだ表面に反射していた。

「それ・・・」

今度はスイカを抱えたジョセフが呆然と呟いた。驚きに見開かれた視線が、玄関に立つシーザーへ向けられまたま動かない。
足の踏み場もないくらい靴が並んだ叩き台に立ち尽くすシーザーの左手には、ジョセフが抱えているものと同じくらい大きなスイカの入ったビニール袋が握られていた。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

互いの手にあるスイカを凝視したまま、再びしばしの沈黙が流れた。

「・・・ふはっ・・」

小さくジョセフが声を溢し笑いだした。
最初は喉の奥で殺すような笑い声は徐々に大きくなり、最後には腹を抱えての大爆笑へと変わっていった。
スイカを両手で抱き抱えて笑い続けるジョセフに、いつの間にかシーザーの顔にも笑顔が滲んでいた。
脱げていた片方の靴をきちんと履きなおして、笑いながらジョセフへと近付く。

「ハハッ!ここまで来るともう、以心伝心とかのレベル越えてるよな・・・プッ」

吹き出す笑いで言葉を切ったジョセフの額に柔らかな黒髪が汗で張り付いていた。シーザーが指先で払ってやると、涙の滲んだ緑色の瞳と視線がぶつかった。

「しっかしどうすっかねー、このスイカ」

「とにかく部屋に上がれよ」

苦笑いで部屋の中へと誘うとジョセフは小さく頷いて開けっ放しのドアへ歩き出した。
シーザーの横を通り抜ける瞬間、弧を描いたままの唇がシーザーに触れるだけのキスを仕掛けてきた。

「!」

人目のある場所でジョセフからこんな行為をしてくる事は常なら滅多にない事だった。
面食らったシーザーが固まっていると、唇を離したジョセフは何事もなかったように玄関に靴を脱ぎ捨て短い廊下を奥へと歩いていく。

「僕ちゃんってば、愛されてるぅ〜」

よく分からない鼻唄を奏でながら奥の部屋に消える後ろ姿。
口に手をあててジョセフを見つめていたシーザーは緩む口許から小さな溜め息をつくと、ジョセフの後について室内へと足を向けた。
軋みを上げて重いドアが閉まる。
人の気配が消えた通路に、相変わらず盛大に鳴き続ける蝉の声。
太陽に負けじと鳴く声に混じって、硝子を弾くような軽やかな音色がどこからともなく流れてきた。
透明に澄んだ音色に誘われるように青空から吹き下ろされた風は、夕凪を思わせる微かな涼やかさを含んでいた。



了.





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