過去拍手

□トドカナイコエ
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不毛な繋がり。
そう知りながら、それでも俺は求めずにはいられない。


「っ・・・あ、・・・んっ」

荒い息をつきながら俺は見慣れた天井をぼんやり見つめていた。
腹の底から這い上がってくる電流みたいにびりっとした刺激に、半開きの唇から思わず声が漏れる。
女みたいな甘ったるい喘ぎ声。
恥ずかしさで死にたくなるが、それでも俺は唇を噛み締めたりはしない。

「相変わらず感じやすいな」

下方から聞こえた声に視線を動かす。見下ろした先、足の間からこちらを見つめる碧色の瞳と目が合った。

「ちょっと弄ってやっただけで、もうこんなぐちゃぐちゃにしやがって」

淫乱。
楽しげにそう呟くと、シーザーは俺の中に埋めていた指を乱暴に動かしてきた。

「はゥっ、あ・・・!」

筋ばった長い指が奥に隠れた前立腺に当たり、漏れる声は更に甲高いものになった。
学校帰りに誘われるままシーザーのアパートにやって来たのがついさっき。部屋に上がるなりベッドに押し倒され現在に至っていた。
甘いキス。
身体への愛撫。
愛の営みには付き物の前戯は一切なく、下半身に纏っていたジーンズと下着を剥ぎ取られ唾液で適当に濡らした指を突っ込まれた。
はたから見れば強姦以上に殺伐としたそれが、俺達のSEXだった。

「あっ、そ・・・こ!・・・イぃ・・・っ!」

執拗に前立腺の膨らみを擦り上げられ、堪らず快感を言葉にのせれば、シーザーの笑みが更に深くなった。
こうやってあられもない台詞や思う様乱れる姿を見るのがシーザーは好きだった。
だから俺は、どんなに恥ずかしくて情けなくても声を殺さない。
無理矢理捩じ込まれた二本の指から生まれる痛みにすら感じて、触れられてもいない雄が先走りを垂れ流す程。
俺の身体はシーザーに馴らされていた。
そして、身体に触れてくれるだけで幸せを感じる程。
俺はシーザーを愛していた。



出会いは大学の入学式。
仲良くなった友人の高校時代の先輩だという事で顔を合わせたのが最初だった。
一目惚れと言うのだろうか。目が合った瞬間に、心を全部持っていかれてしまった。
男相手にこんな感情を抱いた事などこれまで一度もなかった。
何かの間違いだと思いたかったが、シーザーの姿を目にする度胸に沸き上がるものは紛れもない劣情で。
自覚した思いを受け入れたのが出会ってから二ヶ月経った頃。
告白なんて考える余地もなかった俺は、大学の先輩・後輩としてシーザーと適度な距離を崩さない関係を保っていた。

その距離が崩れたのが、大学に入って初めての夏休みだった。
休み中の課題の調べもので構内の図書館に来ていた俺は、信じられない場面を目撃してしまった。
休暇中で人気のない館内。その中でも特に古い蔵書ばかりが保管されている地下の資料室で、偶然シーザーを見かけたのだ。
シーザーは頭が良かった。けれど人の目につく所で必死に勉強するようなタイプではなく、校内にいる間は専ら女の子と遊んでいる事が大概だった。
だからそんな彼と図書館で会うなど、本当に珍しい偶然だった。

(ちょっと驚かせてやろう)

思わぬ邂逅に胸を踊らせた俺は、ある悪戯を思い付いた。
スチール製の長い本棚がずっと並ぶ書庫の少し奥まった所にいるシーザーに、背中から声をかけてやろうとしたのだ。
足音を殺してゆっくりとシーザーへと近付いていく。
節電のため、人のいない場所は電灯が消えている地下室は全体的に薄暗かった。
だから俺はすぐ側に近寄るまで、彼以外に人がいることに気付かなかった。
声を掛けてその背中に触れようと伸ばした手が止まった。

振り向いたシーザーの向かい側に小さく動く人影。逞しいシーザーの腕に抱き締められていた人物の顔を、古びた蛍光灯の鈍い光が照らし出す。
微かに赤く染まった頬に、はだけた胸。
明らかに勉強以外の行為に耽っていた雰囲気がプンプン匂っていた。けれど俺を驚かせたのはもっと別の理由だった。
シーザーの肩越しにこちらを伺うその姿は、明らかに男性だった。

同姓でさえ一目置く程の整った顔立ちに、教授も贔屓にする頭脳明晰。
そうなれば老若問わず群がる女は後を絶たず、シーザーの回りは常に色とりどりの女達で囲まれていた。
自他ともに認める女好きで通っていたし、友人として付き合ってきた何ヶ月間そんな素振りは全く見られなかった。
が、この状況から導き出される答えはたった一つだった。
あまりの事に固まったままの俺の横を、シーザーに抱き締められていた男が足早に通りすぎていく。俯いて隠す横顔に見覚えがあった。
シーザーと同じサークルに入っている、俺より一つ上の回の青年だった。

『あ――・・・、まずいとこ見られちまったなぁ・・・』

事も無げに笑うシーザー。
さして困っている様子もなく、ふざけて両手を合わせながら近付いてきた姿をじっと見つめる。
心の内は、驚きでも悲しみでもないものに埋め尽くされていた。

『女の子達にはナイショだぜ?ジョジョ』

そう言って笑いかけてくるシーザーの、緩く弧を画いた唇。
ついさっきまで先程の青年とキスをしていたに違いない形の良い唇に、俺は次の瞬間には自分のそれを押し付けていた。



「ァっ・・・ね、はや・・・くっ」

誘うように腰を揺らして、布越しにシーザーの昂りをゆるりと撫でる。
外からでも分かるくらい張りつめたそこが更に主張を強めたのが指先から伝わった。
獰猛な熱に貫かれる瞬間を想像しただけで、達してしまいそうな快感が体を震わせる。

「ぉ、ねがぃ・・・っ、そ、レ・・・ちょーだい・・・?」

甘えた声で哀願すれば、俺を見つめるシーザーの瞳に獰猛な光が宿った。
目の前に横たわった獲物に食らいつこうとする獣の様なその気迫に、唇が勝手に愉悦にで歪むのが分かった。

今だけはシーザーの意識を独占している。


『男もいけるんならさ。俺の相手になってよ』

図書館での出来事があった日。シーザーに近付きたい一心で俺は嘘を吐いた。
男にしか興味がない人間なのだと、胸の内を隠すための陳腐な嘘を並べた。
それ以来シーザーの中で俺の存在は、学校の後輩から都合良い性欲処理要員に変わった。
気が向いた時に熱を発散させるためだけに体を重ねて、事が終わればすぐに別れる。
激しく求め合いベッドがぐちゃぐちゃになるまで夢中で抱き合っても、そこには好きという気持ちも、ましてや愛なんてものも存在しなかった。

「えっろい顔・・・そんなに男にヤられんの好きかよ」

男じゃない。
お前だから興奮してるんだ。
本当の気持ちをさらけ出してやったら、シーザーはどんな反応をするのだろう。
時々、無性に腹の底に抱えているものを吐き出してやりたくなる。
けれど恋愛感情を持ち出した瞬間にこの関係が終わる事は目に見えていたから、溢れそうになる感情を必死に堪えた。

快感に霞む思考を弾き飛ばすように、シーザーが指を一気に引き抜いた。
中の襞が力任せに巻き込まれる感覚に背中に震えが走った。
内を埋めていたものが無くなった寂しさにひくつく入り口。
垂れ落ちた先走りで濡れた窄まりに、猛った硬いモノが押し付けられた。

(あぁ――――――)

ようやく訪れる充足の瞬間。
俺は自分から脚を開いてシーザーを誘った。
十分に解されている訳ではないそこは、痛みなくこの行為を受け入る事は出来ないだろう。
それでも。
身体の一番深い場所でシーザーを感じ、重なる事が出来るこの時が、俺にはなにより幸福を感じられた。


たとえ一生、彼が自分を好きになる事が無くても。



今この時だけは。
愛されているのだと、そう思いこめるから。



行き着く先に、希望なんて一切ない。
不毛としか言い様のない繋がり。

それでも俺は、求めずにはいられない。


狭い入り口を容赦なく突き破って侵入してくるシーザー。
押し開かれる痛みに顔を歪めながらも、瞼から零れるのは歓喜の涙だった。

漏れる甘い甘い嬌声の裏で、声にならない囁きを繰り返す。



好き。

大好き。

愛してる。



吐息に混ぜた告白は、夕闇に沈む部屋に充満する湿った空気に溶けて消えた。



了.





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