過去拍手

□ 『O★PPA★I』
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「やっぱおっぱいって良いよなぁ〜」

正気を疑うような程度の低い台詞が、机で本を読んでいた俺のすぐ側から聞こえてきた。
何かの聞き間違いか。
信じられない思いで、開いていた本の頁から視線を移す。
背後では、ベッドに背を預け床に座り込んだジョセフが真剣な表情で手元を眺めていた。
その手に広げられているのは若者に人気の青年雑誌だった。
連載中のある漫画を読むために、俺が毎週買っているものだ。
一週間の内の半分以上を人の部屋に入り浸っているジョセフは、必然的に毎号に目を通す事になるのだが。

「お前なぁ・・」

呆れて言葉が出てこない。
ジョセフが見ていたのは、青年雑誌には必ず掲載されているアイドルのグラビアページだった。
人気の若手女優やアイドルなんかがよく取り上げられ、結構きわどいポーズが多い。
10代の頃なんかはよくお世話になったものだが、成人して色んな女性とお付き合いなんかも経験すれば、大概は興味も薄れる代物だ。
なのにこいつときたら。

「盛りのついた中学生かお前は」

「なによそれ!失礼しちゃうわねぇ〜っ」

俺の言葉に、気持ち悪いしなをつくってジョセフが反論してきた。
2m近い大男がクネクネしても気持ち悪いだけだと何回言って理解しない奴だ。

「女の子は、おっぱいと顔でしょうが!」

更に力が抜ける一言。がっくしと落ちる肩。
会話する気力も失せて、俺は視線をジョセフから読みかけの本へと戻した。
大学の講義でで出た小論文の課題本だった。期限は今週末。
今日は木曜日だから残りはあと2日だ。
かなりの強行軍をしなければ間に合わないのに、こんなとこで時間を無駄にはできない。
俺はジョセフの存在を意識からシャットダウンする事にした。

「あーっ、無視しちゃうんだ!」

背後で暴れるジョセフ。
いろいろ喚いていたが、聞こえないふりをしてやった。

「なんだよ、シーザーだって好きなくせに!大人ぶってんじゃねぇっての!」

興味がない、と言えば嘘になるが。

(いちいちお前に教えてやる義理はないね。つーか、さっきからおっぱいおっぱい連呼しすぎだっての)

俺が女性に求めるものは、瞳の美しさと、思いやりの心だけだ。
まぁ、欲を言うなら脚が綺麗だったら最高だ。
ふと我に返った。いつの間にかジョセフの言葉にのせられて、本が止まってしまっている。
いけない、しっかり気を引きしめなくては。
そう思い軽く咳払いして集中を取り戻そうとしていると、
またもやジョセフがろくでもない無駄口を喋り始めた。

「世の中おっぱいに興味のない人間はいないと思うね!おっぱいは世界を救うよ!」

「アホかてめぇは!てかおっぱいは止めろ!せめて胸と言えスカタン!」

思わず突っ込んでしまった。
再び振り向いた先では、したり顔のジョセフ。
ニヤニヤと感じの悪い笑い顔がとてもイラッとくる。

「えー、おっぱいで良いじゃん」

「駄目だ!下品すぎる」

舌打ちして背を向けるが、何故かジョセフとの会話は成立してしまっていた。

「ハハッ!こりゃまたお上品なこって。今じゃ男の胸だっておっぱいって言うんだぜ?」

読みはじめの箇所を追っていた視線が止まる。
頭の中には今しがたのジョセフの言葉が繰り返していた。
男の胸を、「おっぱい」と呼ぶ?

「なにをふざけた」

「本当だっつーの!雄々しいの雄で、“雄っぱい”って言うんだってさ」

「・・・・・・」

どうやらデタラメを言っている様子はなかった。
それにしても“雄っぱい”。
男の逞しい胸板が、こんなもの悲しい呼称で呼ばれる日が来ようとは。
一体この先この国はどうなってしまっていくのだろうか。
などと柄にもなく世情を憂えてみるが、すぐに思考は2日後に迫った論文の事に切り替わる。
何十年先の国の行く末より、大事なのは学校の単位だ。
今度こそジョセフの邪魔を跳ね返してやる。
気を取り直して机に向かった。
が、すぐにその決意は儚く消え去った。

「うわぁっっ!!?」

突然、胸をがっしりと掴まれた。
間の抜けた声を上げてしまった俺は、慌てて背後を振り返った。
俺の肩に顔を乗せるような体勢で、ジョセフが背中から抱きついていた。
その両手は、しっかりと脇の下から俺の胸へと伸びている。

「お、お前はっ」

「シーザーちゃんって、けっこう雄っぱいあるわよねぇん。羨ましぃわぁ〜」

お得意のおねぇ言葉で身の毛のよだつような台詞を吐きながら、
容赦なく胸を鷲掴みににしてくる。
とたんに、背筋に悪寒が走った。

「っか野郎!離せ!」

「あ〜ぁ、私もシーザーちゃんみたいに立派な雄っぱいが欲しいぃ〜〜っ!」

ジョセフは野太い声で叫ぶと、更に強く抱き付いてきた。
ほんの少しの隙間もない位、ぴったり密着した背中にジョセフの胸が当たっていた。
明らかに俺よりも逞しく育っていた。

(何が羨ましいだ!お前のがよっぽど――)

払い除けようとした脳裏に、ふと過る邪悪な呪文。

“雄っぱい”

本当に、魔が差したとしか言えない状況だった。
ジョセフが何度も連呼していたあの言葉を思い出した俺は、無意識に背に当たるジョセフの
胸に意識を集中させてしまっていた。


(C・・・・いや、Dか・・)

物足りなさを感じない程にはボリュームがあり、かと言って扱いに困るほど大きすぎない。
俺が一番お気に入りのサイズだ。
それに布越しに伝わる弾力。
まさに、

(パーフェクト)

ポワンと目の前に思い出されるジョセフの裸体。
引き締まった首の、鎖骨辺りからぐっと盛り上がった綺麗な胸筋。

否、雄っぱい。

「!!!」

脳内に浮かぶジョセフの胸を想像した瞬間、先程とは違う種類の悪寒が走り抜けた。
あまりの衝撃に動けなくなる俺。

「うにゃ?どったのシーザーちゃん」

不思議そうにジョセフが覗き込んできた。
同時に背中で胸が動く。
擦れたせいで、感じたくもないモノを探知してしまった。

「・・な、れろ・・・」

「へ?なんて?」

「離れろつってんだこのスカタン――――!!」

内側から溢れだした衝動のまま、すぐ側にあったジョセフの顔を手で引っ付かんで
思いきりぶん投げた。

「わっ!」

渾身の力を真正面から受けて、ジョセフは背中から派手にすっ転んだ。
床に頭をぶつけたらしく、カーペットの上で頭を抱えてしばらくのたうち回っていた。
その姿を一瞥して、俺はこう告げた。

「勉強の邪魔だ。大人しく出来ないなら帰れ」

自分でもびっくりするぐらい低い声だった。
床から顔を上げたジョセフも呆然としていた。
信じられないものを見るような視線を送られていたが、完璧に無視して俺は椅子に座り直した。



その後。
言いつけを守って、ジョセフはあれ以上ちょっかいを掛けてこなかった。
お陰で邪魔されず集中して課題に取り組む事が出来た俺。
ジョセフが帰ってからも、黙々と作業を続けた結果。


土曜日の夕方、授業の担当教授の研究室の前で提出延期を願い出る土下座を、
孤独に披露し続ける俺がいた。



終)





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