過去拍手

□約束
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「もし俺と戦うとしたら、どうする?」

不意に呟かれた言葉に、ぼんやりと煙草を燻らせていたシーザーが振り返る。
ジョセフとシーザーは、エア・サプレーナ島の南側にある丘の上で海を眺めていた。
厳しい修行の間の僅かな休憩時間。
シーザーは煙草を、ジョセフはこっそり持参していたシャボン玉を吹きながら、目の前に広がる海原を並んで見ていた。

「なんだよ突然」

「ふっと気になってさぁ」

視線を前に向けたままジョセフが呟く。

「今はさ、柱の男供に勝つために修行してる訳だからそんな事は有り得ないけど」

遠くを見つめる静かな横顔。
ストローを離した口が小さく震えていた。

「奴等に勝ってその先、もしかするとお前と本気で戦う時とかもあるのかなって。その時――――」


俺は。

お前は。

どうするのだろう。


「――――俺は、全身全霊をかけて勝ちにいくぜ」

独り言のようなジョセフの言葉を黙って聞いていたシーザーが口を開いた。
迷いのない燐とした声に、ジョセフはようやく隣に座るシーザーを振り返る。
海から丘へと戻った視界の先ではシーザーが笑顔を浮かべていた。

「お前がそれを望むからだ」

己の自尊心や、戦士としての狭義心でなく。
お前の望みを叶えるために戦う。
南洋の海を溶かし込んだような鮮やかな碧の瞳が微笑んでいた。

「・・・・・・さすがシーザーちゃん」

シーザーの言葉に一瞬驚きを露にしたジョセフだったが、すぐに口許を引き上げて挑戦的な笑みを返した。

「ナイスファイトを期待してるぜ相棒」

「お前がな」

シーザーが左手の拳を突き出す。
修行中に負った傷がそこかしこに見えるシーザーの手。
その手をじっと見つめた後、ジョセフは己の右手をぶつけた。
合わせた拳の向こう側に覗く互いの顔に、満足げな笑みを交わす。
丘の上を流れる風がジョセフとシーザーの髪を揺らした。







目の前で虹色のシャボン玉が小さな音をたててはじけた。
過去の記憶に心を馳せていたジョセフの意識は現実に引き戻され、同時にぼやけていた視界が一気にクリアになっていく。
暑苦しさを覚えるほどの熱気。
赤茶けた煉瓦で造られた、古代ローマを思わせる闘技場。
建物の真ん中に敷かれた円形の闘技リングをぐるりと囲む観戦席。
いつもは人の気配が全くなく閑散としているその場所は今、試合を見るために様々な国から訪れた人で溢れ返っていた。
もうすぐ開始される試合に興奮した人々から上がる歓声で、まるで闘技場全体が揺さぶられるような感覚を覚える。
ジョセフは観戦席に向けていた視線をリングへと戻した。
広い闘技リングの上には、夥しい数のシャボン玉が漂っていた。
それは準備運動の為に彼が作り出したものだ。
松明の炎に照らし出された陰鬱な空気を醸す闘技場に幻のように浮かぶシャボン玉。
その向こう側で人影が動いた。

「シーザー」

小さな声に応えるようにシーザーが近付いてくる。
歩幅に合わせて揺れる金色の髪。トレードマークのバンダナが風に靡いていた。
これから血生臭い戦いを始めようとしている人間とは思えない優雅な足取りは、ジョセフの数メートル手前でその動きを止めた。
二人の間を風に吹かれたシャボン玉が流れていく。

「・・・・・・約束、守れよな」

周囲から響く怒号のような歓声にかき消される声。
聞こえてはいないはずだったが、シーザーはニヤリと笑みを浮かべた。

空中に突き出される拳。
あの日と同じように傷だらけで、そしてどこまでも純粋だった。

ジョセフが拳を高く掲げる。

空に突き上げた二つの拳の間を、熱い風が吹き抜けた。


その風を合図に一気に駆け出す二つの影。

シャボン玉を吹き飛ばしながら、ジョセフは走り抜ける。





お前のために。


交わした約束が風にのって聞こえた気がした。



了.





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