死を呼ぶ天使

□序章
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鬼斬丸を持ち出したのは、兄だった。
祖父が言った通りで、両親は信じられないといった表情のまま硬直している。


「・・・幹生。お前は、自分が何をしでかしたのか、わかっとるのか?」

「・・・・」

「幹生!!何か言ったらどうなんだ!?お前も知っているだろう!?それがどんな代物なのか!!」

「・・・俺が、實光を継ぐんだから・・・関係ないだろ」


ずっと黙っていた兄が呟いた、それ。
この家の禁止ワードと言っても過言ではないそれ。
兄は、祖父の両親の前でそれを言ってしまった。
彼の手には、鬼斬丸が握られている。

四人の会話をリビングの外側で立ち聞きしていたのだが、会話が途切れたので覗き込んでしまった。
その瞬間。
中にいた兄と視線がぶつかってしまう。
と同時に、鬼斬丸から近付きたくない気配を感じた。
私は、本当に無意識だったのだがそれを感じて後退りをしたと思う。


その時の兄の表情は、絶対に忘れない。
【憎悪】が滲み出たあの笑顔を。










鬼斬丸がなくなるという事件から数年が経過し、私は高校二年になっていた。
実家を出て、祖父の家で生活をしている。
あの事件後、両親は前にも増して兄に目を掛けるようになっていた。
兄を、祖父の家に行かせないためだったのだと思う。
けれど、私にはそんなことを解ってあげようとも思わなかったし、たとえ理解したとしても家族仲良くなど出来るわけなかった。

あの後、兄は正式に【伊吹實光】の後継者から外された。
そして、祖父から直接言われる。


「紫苑や。お前が儂の次の【伊吹實光】だ。故に、お前が鬼斬丸の所有者となる。良いな?」

「おじいちゃんからそれが出たって事はもう決定なんだろうけど・・・。兄さんは?それにおじいちゃんの仕事も継がなきゃいけないの?」


なんとなく自分だろう・・・と考えてはいたが、改めてそれを言われると身体が拒否反応を起こす。
出来ればあれの所有者になどなりたくないし、欲しい人間が持ってれば良いじゃん、くらいにしか考えていなかった。


「仕事は継がんでええんじゃ。継承すべきは、器、名、そして鬼斬丸。器は鬼斬丸が決める。お前はとっくの昔にあれの【声】を聴いておっただろう?」


そう言われ、幼い日のことを思い出す。
ああ、やっぱり・・・とため息をつきながら納得して、ふと疑問が浮かんだ。


継承者が私なら、何故、兄があれを勝手に持ち出せたのか?


祖父は私の中で浮かんだ疑問に気づき、それに答えてくれた。



「あの錠に特殊な何かが施されているわけではない。来栖の人間なら誰でも開錠出来る。じゃが、その後が問題だ。所有者でないものがそれに触り、更に鞘から無理矢理抜こうとすると封印が壊れ鬼が出てきてしまうのじゃ」

「・・・。封印が壊れるって・・・兄さんが持ち出したときはどうなったの?鞘から抜かないはずはないと思うけど」

「・・・儂は、確認出来んかった。儂はな、紫苑。鬼斬丸とは一度も会話をしたことがないんじゃ。恐ろしくて、な。来栖の決まり事の通りに、鬼と化した兄二人を封印した。じゃから、手入れなど一切しとらん。が、あれの鋭さはかわっとらん。・・・多分じゃが、封印は壊れとらんじゃろうが壊れかかっとるかもしれん。幹生のあの様子を考えるとな・・・」



祖父は錠のかかった部屋の方を向いて、厳しい表情をした。

【幹生の様子】

私は中学卒業と同時に祖父の家に移ってしまったので知らないのだが、兄は・・・精神を病んでしまっているらしい。
だからと言って病院にご厄介になっているわけでもないらしいのだが、自室に籠ったまま一歩も出てこない状態が続いているらしいのだ。
偶に出てきても、夜中で何処へ行くのか外へ出かけていき早朝、陽が昇る前に帰ってきてまた部屋に閉じこもる。
それをここ最近繰り返しているそうだ。

ただ、私の中でそれを聞いたらからと言ってどうとも感じたりしない。
冷たいと言われようがなんだろうが、私の中で両親と兄に対する位置づけは【他人】同様だった。



数日経った、夏の日。
今年の最高気温38℃に達した日中。
何時ものように、剣道部で練習後、友人と寄り道をしながら家へと向かっていた。

敷地内の入り口に立った時、家の中から嫌な気配を感じ取る。
けれど、逃げるわけにはいかない。
中には祖父が。
そして、鬼斬丸が。

私は逃げたい気持ちを抑え込み、家の中へと駆け込んだ。


中は、泥棒が入った後のような土足の後。
その状態を見て、頭の中で警告音が鳴り響いた。
そして、それは未だ【此処にいる】。

相手に気づかれない様に注意しながら、奥へと進み信じられない光景を目の当たりにした。

祖父が頭から血を流して倒れているではないか。
慌てて駆け寄ると、ただ意識を失っているだけで危篤状態ではないことが分かった。
ゆっくりと身体を起こし、壁に寄りかからせるようにして座らせる。
すると、祖父の瞼がゆっくりと開き始めた。



「お、おじいちゃん!!しっかりして!!直ぐに救急車を呼ぶから!!」



そう言いながら、スマートフォンを操作しようとしたが祖父に手を掴まれて阻まれてしまう。
祖父の方へ顔を向けると、首を振り私にこう告げた。



「奴が・・・いるっ。幹生がっ・・・あれをっ」



【奪われては不味い】



言われたと同時に、私は立ち上がりあの部屋へと駆け出していた。



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