死を呼ぶ天使

□序章
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錠が開けられていた。

鍵で開けたのではなく、破壊して。

何重にもなっていた錠をハンマーで叩いて破壊しこじ開けられていた。


・・・・・。


生憎、この家は武器となるものには困らない。
道場が併設されているこの家に、犯人を倒せるくらいの武器【木刀】なら腐るほどある。

私はそれを片手に、鬼斬丸が置かれている部屋へと足を踏み入れた。




「・・・兄さん、何してんの?」



もぞもぞと蠢く背中に声をかけると、ビクリと身体が震えていた。
恐る恐るこっちを振り返り見せた兄の表情は、昔の面影が全くなくなっていた。

顔色は悪く真っ青で唇も紫色。
目の下にも隈が出来ていて、目も力がなく何処か虚ろだった。

そして、ガラスケースを割り鬼斬丸に手をかけようとしている。



「紫苑か・・・。驚かすなよ、爺さんが起きたかと思っただろう?あぁ、そうそう。正式に俺が継承者になるって決まったの知ってるか?親父たちから連絡あったろ?」



私は、これはもう駄目だと思った。
こちら側が何を言っても通用しない。
これは【摘む】べき対象なのだと、もう昔の兄ではないのだと、私は判断した。

鬼斬丸を手にして、ニンマリと笑みを浮かべる兄 幹生。
どう考えても正気の表情ではない。



「兄さん、それ、どうする気?っていうか、兄さんじゃないしね、継承者は」


私のその言葉が怒りを買ったらしい。
手に持っていた鬼斬丸で私に殴り掛かってきた。
しかし、何もしなくなった兄と現役の私とでは雲泥の差がある。
私は持っていた木刀で鬼斬丸を受け止め、払い落とした。

以前は、私よりも強かった兄。
だが、今は反対。
はっきり言って、今の兄の姿は・・・哀れにしか思えない。


「くそっ・・・俺の筈だ!!俺がこれの継承者だろうがっ!!父さんがそう言ったんだぞ!?それがなんでっ。お前の筈がないだろっ!?」

「・・・。父さんが、ね。けど、父さんは来栖の人間でも【伊吹】じゃない。兄さんも・・・【伊吹】じゃない。あれの【声】聴けないんだから、資格はないよ」

「っ!!お前は何時もそうだった・・・。何も興味が無いふりをして・・・俺が望むものを手に入れていた・・・」


目の前に立つ男の言っている意味が私には理解できない。
何故かって・・・。
それこそ逆だから。
兄は、私が欲しかったものを持っていた。

両親からの愛情。
信頼できる友人。

けれど、それらは喉から手が出るほど【欲しい】物ではなかった。
私にはこれといって【欲しい】と思う物がない。
本能で突き動かされるような衝動を覚えたことが一度もない。

だから、両親の愛情が兄に向いていても少し傷ついたくらいで、それだけだった。

しかし【鬼斬丸】は違う。
渇望とかそんな感情ではなく、義務として。
【鬼斬丸】を持つ二十代目としての義務が、私を突き動かしていた。

片手で握っていた木刀を両手で持ち、一気に兄との距離を詰め懐に飛び込んだと同時に、喉を突いた。


「ぐぅっ・・・。か、はっ・・・。お、まえ・・・何を・・・」



余程苦しかったのだろう。
兄は自分の喉を抑え床を転げまわっている。
兄の手から離れた鬼斬丸が床に転がり、ガシャリと音を立てた。
あれを手放してしまったことに慌てた兄は、もがきながらも刀に必死に手を伸ばしている。

けれど、それは叶わず違う人間の手に収まった。

黒く光る【妖刀 鬼斬丸】。
それは、真の継承者の元へ。
持つべき者へ帰るように。


私を見上げていた兄は、恐怖や憎悪に塗れた表情でヨロヨロと立ち上がる。
私は、ただ、それをジッと見つめていた。

兄の変化が終わるまで。
私は手出しをしなかった。

兄が・・・【鬼】に変わるのを待った。



身体が変化し前に立つ物体に、兄の面影はない。
一呼吸あり【鬼】と視線が交差した瞬間。
空気が動いた。

鋭い爪が私に向かって下されようとしている。
私にはそれがスローに見えていて、ゆっくりとした動きで【鬼斬丸】を鞘から抜いた。



「・・・。力が抜けていく感覚・・・。成る程、持ち主以外が持てば死ぬのは当たり前だね、お前」

『主よ。今はそんな悠長なことを言ってはおれぬが。肉親を摘む覚悟はおわりか』

「お前を抜いた時点で【そうだ】と気づいてくれないとね。・・・心臓一突きでいいわけ?」



『貫通させよ』と言った後、光の強さが増した。
それを見て、鬼との間合いを確認する。

かつては兄だったそれ。
しかし、今は人間的は意識はないのか言葉を話すこともなく、ただ吠えるだけのそれ。
形振り構わず攻撃をしてくる、それ。

私はその姿があまりにも悲しくて、情けなくて。

ずっと防御だけだったのを反撃に転じた。
ほんの一瞬の出来事。

兄の手から鬼斬丸を落とした時と同じように、私は懐に飛び込んだ。
そして、一突きしたのは喉ではなく、心臓。

鈍い衝撃などなく、吸い込まれるようにその物体に刺さっていった。



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