死を呼ぶ天使

□序章
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『おじーちゃーん!!』

『んん?おぉ・・・紫苑かい。よく来たなぁ・・・紫苑は一人で来たのかい?』

『んーん、お兄ちゃんとー』

『・・・幹生、か。で、幹生は何処だい?』

『えー・・・あれ?さっきまで一緒だったよ?おにーちゃーん!!』

『・・・まぁ、そのうち戻るだろうて。仕事が一段落したからお茶にしようかねぇ。紫苑の好きなお菓子があるぞぉ?』

『キャー!!お菓子ー!!』



これは、私の幼いころの記憶。

この頃の私は、まだ、何も知らない無垢な幼い子供だった。

祖父の仕事はただの刀鍛冶、刀匠としか聞かされていなかったと思う。
父は、その才能がなかったが普通のサラリーマンの片手間に、長く続いている剣道の道場を継いでいた。
父の息子。
要するに私の兄、来栖幹生は親の言うことをよく聞き勉強も出来て運動神経もいい、正に【優等生】だった。
ただ、剣道の実力は・・・私が常に上にいた。
父に認められたい、兄に向いている目を私に向けたい・・・そんな思いで一生懸命に練習して小学生の時から負けなし、高校生に対しても負けたことはなかった。

それでも・・・父は、兄に目を掛けた。




何時頃からだろう・・・。
兄の様子が【おかしく】なったのは。

何時頃からだろう・・・。
祖父が私から兄を【遠ざけ】るようにしたのは。

何時頃からだろう・・・。
私の中に【闇】が出来始めたのは・・・。









私がまだ中学に上がったばかりで、兄が高校に進学したころ一族で事件が起きた。
祖父の家に厳重に保管されていた【刀】がなくなってしまったのだ。
両親は、その無くなった刀がどんな代物なのかを知っていた為、とても動揺していたのだが祖父は全く狼狽える様子がなかった。
もちろん祖父は、その無くなった【刀】の重要性を知っているはずなのだが、全く動揺していない。

【刀】がなくなり数日が経った頃、祖父が家に訪ねてきた。
【刀】について話をするために。



「親父!!なんでそんなに落ち着いていられるんだ!!あれが、無くなるってことがどんな事か解ってんのか!?」

父があそこまで声を荒上げるのは初めてのこと。
しかし、父の隣にいた母はそれを止めようとせず同じくらいの勢いで祖父に詰め寄っていた。


「そうですよ、お義父さん!!あれを持ち出せる人間は【選ばれた者】だけのはずでしょう!?」


二階の自分の部屋まで聞こえてきた両親の怒気を含んだ声に、私は音を立てないように一階へと降りていく。
リビングで祖父の詰め寄る両親が見えた。

二人が詰め寄っても、祖父は腕を組み微動だにしない。
私が知る祖父は、何時もにこにこと笑顔で穏やかな表情。
仕事をしている時の真剣な表情も知っているが、それとは全く違う・・・はっきり言って近寄りがたい雰囲気を纏っていた。



「二人に言うておくが、あれを持ち出したのは幹生だ。幹生は・・・選ばれなかったんじゃ」



それだけ言い、祖父は険しい表情を崩さず目を瞑ってしまう。
両親は信じられない・・・という表情をしている。


【選ばれなかった】


・・・何に?

私の中に、薄らと残っている一つの記憶。

祖父の仕事場の奥に厳重に、何重にも鍵がかけられている部屋がある。
私は、その奥に何があるのかを無意識のうちに知っていた。
兄は、祖父の家に来るたびにその部屋を気にして、そこに何があるのかを祖父に何度も訊ねていた記憶がある。
その時、祖父が何と言っていたかは覚えていないが、兄は何があるのかを教えて貰えていなかったはず。
いつも悔しそうにな表情だったから。


あの奥の・・・厳重に保管されていたのは・・・。


来栖家が代々受け継いできた・・・


【妖刀 鬼斬丸】


この鬼斬丸は、その昔、鬼を斬り斬ったそれら全てを刀に封印していったという。
そして、その刀を扱える者は【伊吹實光】という名を受け継いでいく。
この名は、初代實光が鍛えた得物で後に、刀匠として名を馳せたことが始まりだった。

私の祖父は、十九代目。
二十代目を継ぐ候補として、父は兄を指名していた。
父は、自分が鬼斬丸に【選ばれない】事を知っていたから、あの刀には一切近付こうとしない。
けれど、兄は違う。

兄は・・・鬼斬丸に【魅せられ】ていた。
実際は、鬼斬丸の中の【鬼】と呼ばれる諸々の怪しい気配に魅せれてしまったのだろう。

鬼斬丸には、【意思】が存在する。

私は、一度だけその刀と【会話】をしたことがあった。
今まで、どんな人物が刀を所持していたのか。
要するに、私のご先祖様の話を刀から聞いていた。

・・・・。
兄とは対極のような人物像ばかり。
祖父も、現在でこそ刀一筋で仕事をこなしているが、元はかなりのやんちゃだったらしい。


『紫苑よ。我は【あれ】を危ういと感じる。・・・酷なことを言えば、【殺す】べきだ。【あれ】は・・・化け物と化すぞ』

「そ、そんなの嘘だもん!!お兄ちゃんはそんなことないもん!!」

『我の思い違いならそれに越したことはない。が、この来栖に子供が一人から増えてしまった時、我を受け継いだものは他の者を摘まねばならない』

「摘む?・・・それって」

『【殺す】ということだ。我には先読みなどの力はないが、負の気配は感じ取れる。幹生は・・・生きながらにして、【鬼】となる』


そう幼い私に話し、その後鬼斬丸は黙ってしまう。
何度話しかけても、返答もしない。
祖父が話しかけているのを見たことがあったが、鬼斬丸は返事をしていなかった。
もちろん、兄が話しかけても何も返ってこなかったようだ。


あの時、だったのかもしれない。
あの夏の日。
あの日に、私は鬼斬丸に【選ばれていた】のかもしれない。

そして、自分では気づかないうちにそれは生まれていたのかもしれない。

鬼斬丸に選ばれた者が必ず背負う物。

兄弟殺しと言う【闇】を・・・。




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