短編集

□あるファンタジー世界の一幕
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過去と現代の世界を旅する若者三人(俺様ヴァロア・好色キース・関西弁ノイエ)と、天界で出会った天使様のお話。
冒険者三人組は、過去に起きたある事件を探るため、雲の上に建てられた、天地創造からの歴史書の並ぶ天立図書館に向かった。







「闇の剣は天使の翼をも折る呪詛の剣。」

キースがポツリと、天から注ぐ光すら届かない隅の棚にある、埃を被った書物の一節を呟くように読んだ。

闇の剣、それは過去で起きた、悲惨な魂奪いの事件を引き起こした元凶。どんな経緯かは様々だが、その剣を持った者は、皆、愛する者の魂を自らの手で奪ってしまうのだ。


ヴァロアとノイエは、魂奪いの事件のてかがりになる話なのだろうか、と先を促した。二人の視線を受け、キースは滑らかに、その物語を語り始めた。


“昔、あるところに、天使の少女と、一人の青年がいたという。二人は恋に落ちた。勿論、天使と人間の異種族間恋愛など、許されるはずがなく。青年は闇の剣で、天使の象徴とも言うべき純白の双翼を、断ち切った。しかし、少女は、翼を無くしたことにより命を落とした。”



「青年は自らの手で愛する者を亡くしてしまったことを嘆き、絶望した」

キースの語尾が、薄暗い図書館に吸い込まれるように消えていく。ありがちな、作り話だ。実際、天使は地上へ降りることを禁止されているというし、普通の人間に天使は不可視なのだから。天使と人間の恋、それはつまり、御伽話。
やがて、静まり返った場の雰囲気を変えるように、キースが申し訳なさそうに、悪い、役に立たなかったね、と謝った。

「俺の勘、結構当たるんだけど」

「典型的悲恋御伽話だったな」

ヴァロアが感心の薄れた声色で切り捨てた。

その時、




「嘘か真かは、物事の本質を見よ。
闇の剣は、神の加護を受けた天使の羽をも貫く。血濡れた悪魔の剣よ」

棚の影から、やたらと美しい男の天使らしき人物が無愛想に言い放った。


「ッー!?」


ヴァロアは瞬く間に鞘からロングソードを抜き、天使の喉元に突き付けた。


「…高尚なる天使に刃を向けるとは…、貴様、本当に人間か?」

天使はその名を疑わせるような、冷たい軽蔑の眼差しをヴァロアに向けた。ロングソードの切っ先をその細い指先で摘まみ、狙いを反らす。ヴァロアの狙った箇所は、人間を死に追いやるには適格過ぎる場所だった。まあ、天使がそれで死ぬ筈ないが、痛手には違いないのだ。

「その傲慢さ…、お前、本当に天使か?」

ヴァロアも対抗するように、唇を悪どく歪めた。
そのまま、睨み合いが暫く続いたが、先に口を開いたのは天使の方だった。

「剣を下ろせ、愚か者」

「ふん」


ヴァロアと天使の睨み合いが終わったと見るや、先程の書物をさりげなく懐に仕舞っていたノイエが切り出した。

「なあなあ!そんでさっきの話やねんけどな、……キースが話があるんやて!」

「俺ぇ!?……えっとさ、天使、それって、実際は違うとしても、天使のように優しい、美しい、って意味で使われるよね」

「せやったら、さっきのは御伽話やなくて、本当にあったことやとしても不思議やないで!闇の剣が実在するんは俺らが一番ようわかっとる。やっぱり、過去で起こった事件と何か関係あるんちゃうか?」

「お前…、いいとこ取りね…」

機関銃のように捲し立てたノイエに、半ば呆れ気味に突っ込むキース。
そんな二人に、天使が少し、ほんの少しだが、見直したような口調で言う。

「あぁ。本当にその娘が天使だったかはわからぬな。伝承は、時として史実を改竄する」

「お前は知らねぇのか?天使様?」

ふとした疑問を、ヴァロアが口にした。
瞬間、天使は顔を歪めた。

「天使とて、知らぬことはある。万能だと思うな、愚者め」

「役に立たねぇなぁ。ったくよぉ。」

「なんだと、貴様」

「ちょい待ちぃ!喧嘩はあかんて!あんさんらがそんなことおっ始めたら、この図書館ごと吹っ飛ぶやろ!!」

「ヴァロアも天使様も落ち着いて!なんで二人共そんなお互いの一挙一動でピリピリするわけ!?」

「心配せずともよい」

「しねぇよ。喧嘩なんざ」

「「勝つのは、」」

「「俺・私に決まっている」」



「「………」」



張り詰める空気。
キースとノイエは最早うんざり顔だ。



「貴様…、頭に乗るなよ?人間如きが、上級天使である私を倒せるとでも?」

「あん?お前こそ、世界最強の俺に勝てるってのか?」







「ねぇ、ノイエ。他にも闇の剣に関する資料ないか調べない?」

「よっしゃ、任しとき!!…そこの阿呆二人、気ぃ済んだら本探せや」

いつも能天気なノイエの冷たい眼と言葉に、世界最強の戦士と高尚な上級天使の周りの空気が固まった。





このパーティで一番強いのは、なんやかんやでノイエかもしれない。

キースは後に旅を終えた時にそう語ったという。

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