ネタ■etc

□なつおもい
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―――チリンチリン。チリン…リン…リン。

 日中の蒸し暑さとは打って変わり夜は涼しい風が吹いていた。
さらさらと草原の鳴る音が人気のない丘に溶けていく。
 ふと奥には、ぽつり置き去られた様に大型の車が一台。月光に黒塗りが艶めいていた。

―…チリン…リン。

時折、何処からか響く鈴の音が更に納涼を誘うようだった。どこか遠く梺の民家からでも届いてくるのだろうか。

―…チリン。チリリン、チリン。

「…いい夜ですね」


 そして突如、まるで暗闇を割くようにそれは現れた。

 ふわり舞い降りた白い影は歌うように呟くと、ザッザッと湿った草原を音に導かれるままに足を進めていく。

――チリリン…チリン…リン…。途切れることのないそれは、どうやら車の中から聴こえてくるらしい。
 見晴らしの良い小高い丘。真上には、今にも落っこちてしまいそうな程の月が浮かぶ。
 冷ややかな光に濡れ、露わになた白い影の顔…浮かべた表情は恍惚としていた。

――チリリン…リン…チリン。

 車窓を覗き込むが外からは何も見えない。
 けれど内側からは、逆光にモノクルを光らせた何者かのシルエットがはっきりと映し出されている筈なのだ。
 ハァ。と感嘆を漏らして男は車のキーを回した。

――チリリン…チリリリン…チリン。


 音が、そんな気配に諭される様にどこか切ないものへと変わった気がした。

 鈴の音が、彼の愛しい者の存在を告げていた。


 暗闇の中にいてもしっかりと辿ることができる輪郭。

「ん…んんんっん!」

 短く荒く繰り返される色めいた息遣い…残念ながら今はその口元はググもったままだが。

 己と寸分も違わぬ出で立ちでいながら今のそれは酷く着くずされていて、象徴たるマントは心なしかズタズタで…!?

「んぅ…っんっん」

――リン…リリン…チリン。

身動ぎする度、数ヶ所につけられた鈴が鳴る。
 所々肌を露わにしながら、全身をガムテープで雁字搦めに縛りつけられていた。
目と更に口までびっちりとガムテープで塞がれて、堪えきれなかったであろう涙やらだ液やらで頬を汚して。

 ひんやりし過ぎる車内の空調を整えてから、男はハットを仕舞い彼に近づく。

―――チリン…。

 うっとりとシルクの指を頬へ這わすと、彼はゆるく頭を振って男から逃れようとする。
 ニヤリ口元を引き上げながら、この男…キッドは彼の耳穴深くへと息を吹き込んで、そして告げた。


「ただいま、KIDさん」

 それだけのことで彼…KIDはゾクリと背筋の奥が震えた。
痺れ切った腕、心許ない腰の感覚。
 それ等のどこにも力を込めることが叶わずに、それでも頭の痺れから必死に意識を反らそうとする。
 だが、身じろぐ度に鳴る鈴の音にさえ無意識下の内に耳をも侵され始めていた。

 数時間前のこと。

 ひと仕事を終えて、やっとありつけるとばかりにココアプディングを堪能してから…少し横になって。 

 目を覚ますと、真っ暗い中目の前に迫る黒い人影。
 何故だか緩慢な体の動きは直ぐに封じられてしまい…今に至る。


 どうしてこんな…何が、なんてことは、今の彼にとって考えるだけ無駄な労力を要するだけ。
 
そんな彼の顎を掴み寄せて、キッドはにっこりとしながらゆっくりと口元を覆うテープを剥がしかけ…一気に取り去ってやる。
涼しげな音が鳴り響いた。

「ふ、うぅっ。いっ…!」
「否ですねぇKIDさん。ただいま、でしょう?」
「あ、あ…たは…ンン!?」

 僅かに口の端を切ったが、それに抗議する暇も与えられずに押し当てられた、薄笑いに歪ませた口元。

 軽く喉元を押さえつけられて喘ぐ唇を、笑いながら塞いでくれるこの男…だが。
しかして今のKIDには、誰なのかは全く判らなかったのだ。

 戸惑いと身一杯の恐怖にうち震える。露出した肩を滑る、その手には確かに温もりがあった。 

「ふ、くうっ…ぅぅ」

 未だに封じられたままのその目許は、抑えきれなかった熱いもので滲んでいた。
 それすらもキッドに舐め取られると、口の端から血を流したままKIDは俯き、嗚咽を漏らした。


 一体何が…?強靭なる精神の持ち主である彼をここまでにさせたのか。





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