■文、etc


□しんかい
1ページ/1ページ






「――で、しんかいって何すんの?」

「は?いきなり何言ってんだ」

「…いやー悪ぃ。こっちの話♪」


変な奴…とばかり、その相手は早速怪訝の視線を寄越してきた。
左手には本日発売の某堅めの推理小説入りだろう紙袋、右手には天〇水の500ペットととり唐弁当入りの袋を下げ。
先程偶々鉢合わせたコンビニで買ったアイスの棒をくわえて笑う、この…対する、どこか奔放な男の気配を追う。


ふと目に留まった某大人気漫画の表紙を眺めていて、横からにゅっと伸ばされた手を、思わず掴んでしまったのが…最初。

「……?」
「あ、いや…悪い」

そうしてすぐにパッと離した――否、その手に一瞬ビリビリと痺れが走り、離さざるを得なかったというか。
暫しキョトンとしていた相手は、而してパラパラとページを捲った後、一瞥もくれずにあっさりと自動ドアを抜けた。

「――っな、…オメーっ…」

オイ。とすぐ後からドアを潜り、幾分遠くにある黒い背中へ――そう、声をかけていた。
それはほんの僅かの間、ドアの向こうに垣間見えた…この男の、その口元に浮かべた笑みが何か引っかかったからなのか。それは知らない。
けれどそうしてピタリと止まった相手に、今度は此方がニヤリとする。だらりとした腕が揺れ、黒く自由に跳ねた毛先がふわり靡く――不意に振り向き、かの視線で以て工藤を見やる。
交わす視線に、鮮やかに蘇る…白を纏った肢体。それから繰り出されるのは、幾千幾万もの人々の夜を賑わし駆り立てる、非常識且つ大胆不敵な所謂――マジックだ。
一夜限りの夢物語を、毎回身体を張って紡ぎ続ける自称芸術家の相手と。この、彗眼と言わしめた名探偵の己とは常に相反する舞台に立っていた。
そうして偶に違う事件でバッティングしたり、相手へと一歩踏み込んではギリギリで躱される緊張感。
それは割と愉しかった。文字通り見た目は小さい子供故にか、そうした場面で常に注目される――だがそれは、持ち得る己の真実が働いただけ。
渇望しては止まない、得難いそれへの葛藤にもがく姿に、かの怪盗は気障な理由を付けて暗黙の内に了解してみせた。
所謂好敵手。その、徒に姿格好の似通ったこの男だけが、生きる本能に近いものを揺さぶってくれたような…。
勿論言うまでもなく、この…今は大きな探偵の生きる糧は――ある一人の強すぎる彼女への想いの強さにあるに違いない。



「ふう。そーこなくっちゃ♪」
「あ…」

背を向けた侭の、その肩が僅かに竦められたかと思えば。フワリそよぐ前髪を流しては覗く、右眼の単眼鏡――否それに見立て、親指と人差し指でできる丸を当てただけだが。
先程の残像ではなく、漸くかの相手が振り向いた。やけにゆっくりと…その身のこなしはまるで、大袈裟な程に白い布地が周りで翻るかのような。
なーんちゃって♪と手を戻して何やら手首をくねらせていると――ポン☆とばかり、その掌より蒼い薔薇が咲いた。

「欲しい?」

そう言う割には、此方へ渡そうという素振りも無く。漸く解れて流れ出した空気に乗って、ぷんと独特の香りが、此方の鼻を掠めていった。

「…酒臭え」
「あ、そ?…参ったねどうもw」

コラ其処。胡散臭そうに見ないっ――にっこりと営業スマイルで告げながらも、再び妙な時間の流れにポリポリと頬をかく。


「――じゃあな」

見つけた時から、まあこうなること位分かっていた。ま、いっかと再び踵を返してサクサク通りを抜けていく――どうせこの男は付いてくるだろうから。
明日は休日。珍しく仕事を入れなかったオールホリデーなのだっ、きゃっほ〜い♪…と気の置けない友人達と飲んだ帰り道。
甘い物をと立ち寄った其処で、偶然にもその姿を見つけた。
何度か見かけることがあったが、所詮はその程度――こっちではそれが妥当だった。

「近くにいーとこあるんだけど」

そう此方から持ちかけたのは、何だかその眼を見ていたくなかった…というのもあるが。こんな時だからこそのスリルに、無意識の内に惹かれたからかは知れない。
深夜0時の公園で。何かのタイトルに打って付けなこのシチュエーションは、類い希なる二人の対峙の際に、何を齎してくれるのか。
閑静な住宅街に、これまたひっそりと存在する、区切られた空間。周りは、それでも外灯の頼りない光が点々と続く中、此処だけが墨一色で塗り潰された様だ。


「うぇへへへ。チョコミント二個め〜♪」
「良く腹冷えねーな…」
「(ペロ)工藤こそ飯ー冷めるって」

ほっとけよ。と迷わず座ったベンチは、上からうっすらとした光源で照らされてはいたが、底冷えする程冷たかった。

「(ペロ)てか、何で其処座っちゃうかな…公園っつったら速攻コレ行くでしょ」
「…腹見えてんぞ、猿」
「見える訳ねーだろ。スーツなんだから」

確かに黒のを着用している。研修か何かの帰りだった様だが…見る見る間にシャツや上着が乱れていくのは――何ともし難く。

見えてんだよバーロ…。グビグビと喉を潤しながら、チラと向こうの相手に目をやる。
いい歳した男が一人、こんな真っ暗闇の中で雲梯にぶら下がる光景というものはとても…稀だろう。
而してやはりその身体能力には見張るものがある。暗がりでもはっきりと主張するかの様に動く、しなやかな身体の線には優美ささえ窺える。

「はっ♪…っとと…よ♪」

更にジャラジャラと鎖を揺らしながら、吊られた木々の上を軽やかにスキップすらして渡って見せる。
酷く愉しげに笑みを向けられ、工藤はまた無言でグビグビと渇きを癒やした。

「ヒューっ♪…とっ…ハァッ♪」
「随分はしゃいでたな」
「この位、軽い、って」

さ程長くはない滑り台を一気に滑り降り…ラストで見事な跳躍を決めた相手に。気は済んだかよ。と徐に飲みかけの500ペットを差し出せば、サンキュ。とばかり勢い良く飲み干した。
ゴクゴク…と滴る水滴が、首元で闇の中キラリ光った。

「あ〜腹減った…」

口元をグイッと拭い、ぽすんとベンチへ腰を下ろすとそう呟いて――見つめる先には、工藤のコンビニ袋。
呆れ顔で頷いてやると、やりい♪とばかりいそいそと蓋を開けて唐上げを頬張る――その嬉し気な横顔を眺めた。

「んーまい♪」
「はいはい」

そうして手持ち無沙汰気に、ジャケットのポケットを漁ると、やはり冷え切った缶珈琲が見つかる。すぐに飲もうと別の処で買っていたのをすっかり忘れていた。
カキュっ。不自然ではない位に開けた距離の先――こうなってしまった元凶がさも幸せそうに弁当にありついている。

「どこがいーとこだ…」

てか此処何処だよ。成り行きで付いて来たはいいが…見知らぬ通りを結構進み、何度か曲がった先の開けた道の向かいにあったのがこの場所。
辺りの薄暗さもあってか、方向感覚が朧気になる。冷たい液体を流し込む度に、そのテの思考には霞がかかり、逆に感覚だけが冴えてくる。
例えば――相手の呼吸だとか、その気配の程。水を飲む音やタイミング等に、呆れる程敏感になっている気がする。

「何、さっきから…」
「…あ?」
「気づいてねーの?」
「……?」

いや、別にいいや。と一旦箸を置き、尻ポケットから白い、若干古びた携帯を取り出して画面を凝視する。

明らさまなその態度に、此方とてグビッと一気に飲み干した空き缶を、かん高く音立てながらベンチへ置いた。

「俺も昔、マジで猿みてーなことしてさ」

意図を掴みきれぬとばかり、双眸が揺らぐ前にと勢い良く飛びついたのは雲梯。脚の振りを大きく生かし、あっという間に渡り終えた――息も上がっていない。
何気に楽しく、無駄に往復してみたりと…かれこれ其処で15分。気づけばベンチにその姿はなく、白い器機が一つ光っていた――少々脱力する。
苛立つ侭に空き缶を闇に滲む籠へとキックシュートを決めた瞬間、何処からともなく拍手が聞こえた。

「おっせーよ。ったく人が折角メアドでもくれてやろうと」

次に声が上から降ってきた。

「つーかさあ、仔山羊、否…黒羽快斗!テメーはっ…その、よー…!」
「あちゃ。ナチュラルにバレてるのね…それ知ってんのは、あの小さい小さい」
「…小さいが一つ余計だってんだよ」
「名探偵だけだと思ったのになー?」

「え、」
「えっ…?」

まただ。キョトンとした侭、んー?と首を傾げる――その額を、工藤は気持ち強めに小突いてやりたいと思う。
だが次の詞に、一瞬何かを持っていかれた。

「私は、小さい名探偵が好きでしたよ」
「……」
「それ以上に感嘆致しました。多くのハンデをものともしない銀の弾丸に、一度ちゃんとお伝えしたかった」
「俺はその気障に、一発マジに打ち込んでやりたかったね」

おーこわ。と漸く綻んだ空気に、今更ながらにその変化に工藤は気づいた。
黒羽の寄越す視線こそが、ずっと己だけを追っていたこと。誘われる侭、迂闊にもまんまと懐へと手を突っ込まれたのは探偵の方だった。

「俺、詰まらないことはスルーするからさ。今日は…何か面白そうかなって思ったんだんだよね」
「そうか。悪かったな…俺としたことが今、気づいちまってよ」

トンと降り立ち佇む相手の双眸をぎっと睨む。而して黒羽はそれをサラリと流し、肩を竦ませた侭、やはりさっさと踵を返した。

「じゃあな」
「…待てよ」

置いてく気かよ、ハートフルの名が泣くぜ。と一歩踏み込めど、全く止まる気配はない。

「やだね。もう興味ねーもん」

振り向きもせずに闇へと消える、背中目掛けて探偵は一言呟いた。


「またな――かいと」
「―――――っ!!」

互いにもう姿は見えない。だが極めて近くで是を聴き、黒羽はフッと息を吐き出した。

「またな…名探偵♪」




##
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ