■文、etc


□白*K
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一瞬、表情を繕うのが遅れたその相手は、シルクハットの鍔を軽く引き下げて此方を見やる。

「心外ですね…貴方にそんなことを云われるなんて」

調子は相変わらず淡々としていたが、その中に僅かながらの動揺を感じ取り、白馬は内心安堵していた。


「良かった…貴方を少しでも傷つけることができて。
傷すらつかない、珠玉の存在ではないかと心配しましたよ」

「私だって血の通った人間ですからね、そりゃあ傷つきもしますよ」

何を馬鹿なことを、と腕を組みフェンスにもたれかかって此方を見やる。
その優雅とも思えてしまう仕草の一つ一つから、白馬には、何故だかあのお調子者の顔が思い浮かび、やがて消えていった。
思わず遠くを見つめるような顔になる。
そんな彼を見つめる、怪盗の瞳が揺れていたことを、白馬は知る由もなかった。


「貴方は、もう私を見ない方がいい」



ハッと気付くと、此方へと投げて寄越されたらしい、一通の手紙を掴んでいた。

「貴方へ送る、最初で最後のラブレターです。どうぞお受け取り下さい」


+ + +


「今宵の月は、何だかとても疲れているように見えますよ」


━━その輝きに些かかげりが見えます。


己れの肩に頭を乗せ、全身を預けるようにして目を閉じた怪盗。その肩にそっと手をやりながら、白馬は思わずそう呟いた。


今、この傍らの愛しい人。その存在はとてつもなく儚く、脆いものだと思えて仕方がない。


・・・そんなこと、君に言ったら怒られそうですが。

髪を優しく鋤きながら、やがて白馬も静かに目を閉じる。




『夜だけの幻…それが私なのです』



こんなに君の近くに居るのに、この手をすり抜けていくのは何故?



『おやめなさい。私を見るのは』


━━━僕の声は届いていないらしいね。


『貴方にはもうわかっている筈でしょう?白馬探偵』

分かるのは、日に日に自分でもどうしようもない程に、君に惹かれているという現実だけ。


━━━君こそ知らないだろうね、この胸の痛み。
抑えるのが大変なんだ、息もできない程にね。

灼けつくような喉の奥から、今まで押し殺してきた言葉の残骸がいい加減溢れ出しそうだ。
否…恐らく今の自分はそんな残骸で形造られていることだろう。

涙ながらに訴えた所で、あの白い幻影に上せる己れを自覚するばかりだ。


そうして、いつも頬をなぜる冷たい感触に我に返る。


+ + +

或、月の見えない夜。
怪盗と対峙したときに、彼から一通の手紙を渡された。

ラブレターと称するその内容を呑み込んでいく毎に、頭の天辺から指の先、その爪先までが凍りつくような感覚に、恐怖すらしていた。

・・・ああ。やっぱり…君は傷ついているじゃないか

そんな君には、いつだって己れの詞はかすりもしない…。
分かっているが故の、真実の筈だった。


『傷ついた心では、愛は理解出来ない、愛なんて見えない』


『心外ですね、━━━』



・・・少々、キツイかもしれませんけれど。


━━━今にも溢れ出しそうなその瞳に、私を映さないで。
貴方が求める光は闇で、その中でしか生きられないこと。
暗い夢に光はささない…今目の前にある事が全てであることが、聡明な貴方にはお分かり頂けますよね?

「貴方は、私を見ない方がいい」


━━━私はファントム…夜だけの存在です。
もし、貴方がこの私に心をよせているのでしたら、それは闇の中でしか実らぬ想い。
ある意味、不毛というものでしょう?

「お辞めなさい」


月がどうだというのです。


━━━ウソつきだ、君は。

クシャ、とその紙片持つ手が震える。


・・・バーロ。ウソつきな泥棒なんざいねぇんだよ!

やってることが全て、その存在をかけるが故の全てなのだから。

そう思いながらも、さっきから体の奥深くが、張りさけそうな程に痛い。
淡々とした詞とは裏腹に、心はこんなにも泣き叫んでいる。


自分でも分かる。己れのバランスが、いとも簡単に崩れていく様が…。

追い詰められる気はしない、さらさらない。己れの存在理由も然り。
差し出された未来など、眼中にはなかった。


『君を縛る言葉なんて、僕の口からは出ないですよ』


━━━突破口が、必要だった。



「・・・!」

━━━っな、何を…!?」

「そうですね。例えば…」

そう云いながら、キッドはスッと袖口から取り出したナイフを、己れの右頬に当てたままピッと横へ引く。

ツツー…と、白い肌に一筋の紅が伝い、流れ落ちた。

「傷ついた頬の…私を愛せますか?」
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