■文、etc


□くろばが嫁になった理由 白*K
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「愚かな奴だと君は笑うだろうね」




とうとうやってしまった。果してこれが吉と出るか、凶と出るのか。

もうこれしかなかった。


微かに音が聞こえてきたときには驚いた。正直、すぐに見抜かれてしまうだろうと、期待等はしていなかったから。
そしてこの、今確かに耳にしているのは違うことなく―――いつも己れの心深くにいる者のもので。

欲していた答えを態と突きつけられた様にも思えた。
きっとまた己れの思考を惑わし、困らせて楽しんでいるのだろう。そう思った。
だから、いつものように最後にはこの人に〃冗談だ〃と片付けられるのを、どこかで望んでいたのかもしれない。

「――!…ああそれからそこのポイントZのことだけど、其処にレベル7の…があるからこの…を読み込ませて――」
「分かりました。えーと、ここのリンクへの鍵はコレ、と」
「あー、ちょっと待って寺井ちゃん。そこはやっぱパス!それよりも…に…を解除させといた方がいいかも」
「…するとこの位置からは死角になる訳ですね。いやあ、流石ですな♪」
「で、肝心のα地点については…いつもアレで確認してっけどさ」
「ええ…?」
何時何処で聞かれているともしれない為、α地点が指す――逃走経路に関してはメール等も一切していないのが常だった。
それが次の瞬間サラリと口にされたことに、怪盗の相棒がうろたえている。
それをなだめながらククッと笑い、怪盗は続けた。

「だからだよ…なあ、聞こえてるか?白馬探偵」
「えっ」

「――!!!」
恰かも当然の様に振られて、盗聴に集中していた探偵は一瞬おいてそれから…サーッと血の気が引いていった。


何で…どうして!?何て応えたらいい?

「聞いてんだろ、白馬カ探偵君」
「やっぱり…君が」
頭の中で反芻する声が、夜の怪盗の声に重なる。
あのとき真っ直ぐに見上げてくる彼の瞳に、静かに燃える様な揺るぎない光をみた…一切を払い除ける、強い意思をたぎらせたそれを。

コンコン、と叩く音が響く。インカムを握る手は汗ばんでいた。
「なっ…、君なのか?」
「今更だろ」
「ぼっちゃま!」

最早、怪盗が相棒を取なす声すら聞こえていない。

―― 何故よりによって、君は今日…そんな態度を。

戸惑いやら失望やらで困惑状態の探偵は、ある情景を思い浮かべていた。


「いろいろ思い出しちゃった?コレを仕掛けたのもあん時だよな」
怪盗の声が、白馬を現実へと引き戻す。
インカムの向こうの相手は、やはり何もかもお見通しだったのだ。

では今更…その正体をバラしたのも、己れの気持ちを試す為…?


一行に喋る気配がない探偵に代わり、いやに落ち着き払った声が響く。

「分かりますか?白馬探偵。私が何故そのまま会話を続け、今更正体をバラすような真似をしたのか」

全くのその余裕っぷりを聞けば、心をかき乱していた白馬に漸く本来の探偵思考が戻ってくる。
けれど何かを言う前に、怪盗がまた口を開いた。

「何故、盗むのですか。何の為にと。貴方は私にそう尋ねられた」
「…」
「その答えが、今の貴方にはお分かりになる筈。それを次の予告日、仕事を終えた後その場所でお聞きかせ願いたい。もし、――」
「何を言って…」
「信じるか信じないかはご勝手ですが、これだけは申し上げておきます…泥棒は嘘をつきません」
「…必ず行くよ。泥棒は信じちゃいないが」

(「もし、それが答えならば…私は全てを貴方に委ねてもいい)」


怪盗の、君を信じる。


お待ちしておりますよ、と向こうで怪盗が口端を引き上げているのがわかった。
探偵もそれに応えるように真摯な眼差しを向ける。

「それでは、また後で名探偵。…あ、この盗聴器はあと数秒で爆発すっからよろしくv」
「えっ、よろしくって…!うわぁぁあ…っ」
愉しげな声がそう言い終わるか終えないかのうちに上がる爆発音。
視界一面を覆った白い煙はやがてかき消え、あとには未だに固まったままの探偵が残されるばかりだった。


+ + +


「ふへ〜。ま、細工は流々ってとこかな…そんな、大丈夫だって寺井ちゃん!彼処は、眺めが最悪だから奴らも」
「本当に…、あの方に…その、ぼっちゃまは」
「勝手してごめんな寺井ちゃん…ごめん」
何か言いたげに、それでも眉をひそめているだけの優しき相棒。
その温かい手に包まれながら、怪盗は頭を小さく垂れて呟いた。

「貴方の、お好きなようになさいませ。何があろうと、私はいつもぼっちゃまのお側におりますから」
主の、うなだれたままの頭の上にポンと優しく年季の入った手を乗せ、相棒は静かに語り聞かせた。



+ + +





「他人が落ちるときってさ、案外チョロいもんだぜ?」




「答え、だと」
思い出されるのはあの時うわ言のように繰り返し告げられた詞。声と…その響き。
それは、己れが初めて罪の意識を持った瞬間でもあった。震えの止まらない手に、僅かな温もりだけを残して後にした屋上。
もて余した熱に耐える様を月が冷ややかに笑っていた。

でもアレは…最初からそのつもりで━━?と今となっては考えなくもない。

「チッ」
何をしてるんだろう。どうして来てしまったのだろう、とふと目の前の暗雲を帯た頼りなげな光を仰ぐ。約束の時刻まであと僅か。そのあまりの静けさが…痛かった。探偵は思わず深く息を吐いた。
心づもりはしてきたのだけど…今は、まともに顔を見て話せるかどうかすら怪しい。
やけに肌を擽る風から顔を背けるように、ギュッと目を閉じた。
その生まれた闇に映すのは――。




+ + +


「1つ2つ…っと、3つ目。ほい、終しまい♪」

爆風に白が激しく煽られる。凄まじい光に目を奪われたかと思うと、その姿は当然のようにかき消えて既にない。



今宵の招かれざるは漆黒の客人達は、今正に怪盗の巧みな揺導によって確実に雲散されつつあった。

今頃は齒噛みして吠えていることだろう、とほくそ笑みながら怪盗は闇の中を駆けていく。

警察相手に、これ程ド派手な手を使うことはまずない。
やり合う相手は、主に先程の様にせっかくの舞台を楽しめない嬉しくないお客人。それと…厄介な探偵達が少々。

この身を求めんとするあらゆる者の手の中をかいくぐる。
決して掴ませやしない。

身を翻して空中へダイブ!ビリビリと風圧を感じながら、ここぞというタイミングで翼を開く。

(でもさぁ知ってた?どうしてこんなにもこの俺が、確保不能なんて言われ続けていられるのか…)
慣れ切ったこの緊張感は心地良くもあれ…。
(聴こえねぇんだよ。何にも)

軽く息を弾ませながらUターンする。
南西に星がチカチカと瞬いた。


物事が、クリアに入って来過ぎたのだ。
この身は雑念を抱く暇すら許されないのかと嘆いて久しい。
対組織への意志を新たにしたときから、それは更に顕著なものへと変化した。
一切に流されない思考塔…それは全ての行動を支配して膨大なる記憶塔を封印した。
的確に導き出されるのはただ一つの答えのみ。
その精巧さと引き替えに…世界が変わった。

常にあるのは今、この瞬間だけ。怪盗のそのスタンスは、次第に快斗である時間をも侵蝕し始める。
己れが視ている時間軸は異様であると自覚した…までは良かったが。

段々とそれも薄れて埋もれていった。変わらずに淡々とこなされていく日々。
そうだこれが今あるべき己れの常だと…ずっとそう思っていられたら、良かったのに。

(責任取れよな探偵くん…?)

あの屋上での一件。
怪盗が絶対時間を生きてから、その世界に初めて僅かにノイズが走った瞬間。

まさか…自分が彼処まで反応するとは思わなかった。
例によって朧気にしかない残像。それが全てだったが…そこで終らなかった。

(何、コレ?マジで)
今までこんなのはなかった。体中ほとばしる熱い感覚。
(何してんの俺?あれっ、コレってまさか。感じ…てる!?)

実は結構いろいろとあったこの体だが、決して反応することはなかった。
感情が抑制されていたのもあるが、敏感な筈の場所を弄られても…ぶっちゃけ全く何も感じなかったのだ。
それを不思議に思っていたときもあったが、やがてそんなことも忘れた。

あの時は参った。
首筋を食まれ、吸われて。微かだがぞわぞわと肌が粟立つのがわかった。決して嫌悪からではない…妙な感覚。

この怪盗キッド様相手に…やってくれるじゃないか。
堪らず笑いが込み上げた。グッと乗しかかってくる…他人の体温だというのに、やけに肌に吸い付いた。

少し疲れていたのかもしれない。いやきっとそうだ。
カチャリとモノクルが鳴って…瞼にそっと訪れた柔らかな感触。そのもどかしさに、思わずその先を促したのは紛れもなく―――うわっ有り得ない、有り得ない…!
いい時にまた月が隠れてくれたものだった。お陰で至近距離も気にならない。

こんな…あってはならないことなのだと首を振っても、優しく追い立てられて自然と息が上がっていく…。
己自身が怖かった。悔しさとそして情けなさに泣けてくる。




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