■文、etc


□中*K
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しん…と静まり返った某ビル45階展示場内、午後10時38分02秒。
カチャリという音を立てて開いた硝子ケース。その囲いより解き放たれた姫君をそっと手にして怪盗は口元を引き上げた。

ゴトッ…。すぐ近くに気配がバレバレだ―――音を立てちゃあいけませんねぇ?
内心で肩を竦めながら、手際よくレプリカに置き換えて蓋を閉じて立ち上がる。途端鼻を掠めた…慣れ親しんだ匂い。

―――あれ?この薫りは確か…。驚きと同時に、何故か期待に胸が高鳴っているのもまたキッドの事実だった。

「良かった。今宵ご観客の皆さま、どなたもお見えになられないのではと思いましたよ」

「〜ああ俺だ、中森だ。至急応援を――」

「今晩は…警部v」


 +   +   +

手の中の確かな重み。――さあて今宵の姫君…どうかご無礼をお赦し下さいーーそうして恭しく口付けた後、徐に月に翳した。
それは一等美しく光輝いた。けれどやはり、それだけ。

「つれない方だ…」
理不尽なことを言いつつ、怪盗はそそくさと返却用に綺麗に包んで胸に仕舞う。

「あーあ…」
まだ熱い唇に手を触れれば、思わずそう零れた。見つめる先には先ほどの犯行現場。
その明かりが今まさに消えたのを確認すると、キッドはまた小さく溜め息を漏らして闇の先へとグライダーを広げた。



   +   +   +


「それではこの通り、頂戴して行きま…うっ!?」

プシューッ!――な、催眠ガス?
「フッ。かかったな!キッド」

―――ごホッ…全く無茶を。この人はフェイク予告時刻に気づいた途端、部下にそっちを任せてただ一人戻って来て宝石台下に潜んでいたらしい。

室内数ヶ所から噴射されたため、部屋中にガスが充満していて視界は酷いことになっている訳たが。

―――今この空間には、私と警部と……二人っきり!!v

パチンという音とともに室内灯の光が戻る。
ごそっ。生憎と今日はマスクの持ち合わせがないので、ちょっとした小細工を使うわせて貰う。
タイピンに施した仕掛け、超強力吸引扇風機。モーター音の方は既に煙感知機が反応している為全く問題なし。
しかして…いきなりキッドは煙にむせ、ガクッと膝をつき体を倒れ込ませた。どうやら少々まともに吸ってしまったらしい。


「うっ…ふ、(しまった…!)」カツカツと近づいてくる足音。だがそこは怪盗。全く焦る気配をみせずそのまま――気絶(のふり)してしまった。

―――ああっ目眩く…時めきの瞬間が…v

「わっはっはっ。これで貴様もとうとう年貢の納め時というわけだ」

中森は、倒れたまま動かない怪盗の至近距離にしゃがみ込み顔を覗き込もうとした。が――。
「さあ観念…!」
「ニシシvええ、観念して下さいね警部v」

一瞬で飛ばされたマスクは明後日の方向へ転がる。
ガバッと身を起こしたキッドはようこそ(ばちん)vと勢いよく中森のネクタイを引き寄せた。
―うおぉっ!?とつられて前のめりになる。差し出された中森の髭の下に覗く…渇いた唇に、怪盗は待ってましたとばかりに吸い付いた。
己れの側ならばガスはほとんど意味を為さない。

「っんんむっぅぅ…っ!!?」はっきりしない視界でいきなり下方へと引っ張られ、面食らった。
油断していた体はいとも簡単に引きずり込まれてしまった。盛大に焦っていると、更にキッドは中森の首へと腕を絡みつかせてくる。

何て冗談だろうか…悪戯にしても質が悪すぎるわいっ!と、頭からガンと言って叱りつけてやりたい。
躊躇なく口内に差し込まれた舌の動きに翻弄される前に、と中森は辛くも浸食から逃れる。
しかしてこの悪戯坊主に向けて自然と口にした自分の詞に、中森は愕然となった。

「辞めなさい。君は…快斗くんなんだろう?」
「…っ」
「…」
一瞬だが気を怯ませた、キッドの腕を掴む。顔は…わざとグッと此方へと肩ごと抱き込んで見えていない。
そうして言い聞かせるように耳元で囁いたのだった。

キッドは暫しの間あっけにとられる――近すぎますよ警部。
鼓動が高鳴るばかりか、暴発してしまいそうな…そんな心境。肩がそのたび大きく振れるようだ。
だがそれは、キッドの肝心要である鉄仮面の奥での話。実際怪盗は何の反応もみせてはいなかった。至極当然の対応だ。
この場はあくまで…キッドとしてやり過ごさなければならない。


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