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□中形〜ある密室の二人の…〜
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暗くて、軽く咳き込む程の…狭いこの密室空間で。
「…っ、何だ一体…何がどうなって」
目が覚めると、何故か椅子に座っていて。嫌な予感のもとで、下に目をやると…やはりというか、両の手から椅子の背へと延びる鈍く光る銀色の枷が。
更に…椅子の脚にそれぞれ縛りつけられた両の脚から目を逸らし、チッと舌打ちをして闇の先を睨んだ。
じっと凝らしていると、この瞳にもこの広くはない闇の中にぞんざいに転がる様々なものが映し出される。
鍵の掛かった窓の上にかけられた古びた時計。通気口が一つ、…二つ。
光源は窓から漏れる淡い月の光のみで…その部屋全体を蒼く染め上げていた。
思わず溜め息を、ついたその瞬間…視界を過ぎったものに目を見張る。
呟くように息が口より漏れた。
驚きに身体を震わせながらも、しかし次に襲いくるのは強い不安。
駆け寄ろうにも、椅子の脚は床に固定されていてビクともしなかった。
「な、………なっ、何故貴様がっ」
それこそこの状況下で最も信じがたい光景が、己の足の調度少し先に。
光に濡れたその白が、ぼうっと浮かび上がる。
先ほどから一切動くことはないが…次期に目を覚ますだろうと思い直した。
「……KID!?」
漸く口をついて出たその名にも、相手の怪盗は全く反応を見せなかったが。
グイッ、と靴先でその身体を小突いてやると、少しして僅かに漏れる呻き声。
「貴様、しっかりせんか!KIDっオイ…」
―――ドゲッ。
(…おっ、手応えアリか!?)
「…ん、……んんっん…??」
「…やっと気がついたかKID。で、……貴様っそのざまは一体何だ!ええっ!?」
「??………んーんん、んんんーん(……何だと申されましても)」
実際、何が何でどうなったのか皆目見当もつかない。けれど、何であれにせよ、だ。この状況は…戴けない。
「確か…車を移動させた後、彼女にホシであるヤツの居所へ案内を頼んで…」
「……んっ、んんーっ(グイッ)」
「というか、何で貴様までいるんだ!?このヤマは別に宝石なんぞとは…」
「(プッ、…はぁっ、はぁ)その彼女こそ…私だったのですよv中森警部v」
口元を封じていた布を、床に飛び出ていた釘に引っ掛けて外し去り。
先ほどの…中森への協力者を装ったという彼女自身の声調子で、コロコロと告げる。
「何故貴様がそんなことを」
「此方とていろいろ複雑な事情がありまして。いつも中森警部や皆さんと追いかけっこばかりしている訳にはいかないもので」
すみませんねぇ?そう言って口角を引き上げる、その口元が光に濡れる。
「……!?」
ほんの一瞬、酷く歪められたのを見留めたとき。
次の瞬間には、酷く項垂れている怪盗の姿があった。ストラップの飾りが淡い光を反射している。
――ギシ。スッと身体を起こし、相変わらず非難の色を隠さない中森の顔をじっと見つめ返してから。
後ろ手に回された不自由な状態のままで、ギッギッ。と中森の下へと歩み寄る。
「な、何だっ…貴様何を考えて」
「……いいから。少し黙って頂けますか、中森警部?」
「何っ…んをぁあっ!?」
「ん〜…vv(なんちゃって)」
「ちょっ…なっ……はぁっ…ぶぁ!?」
いきなり膝立ちになった怪盗の、シルクハットの鍔が調度口元に突き当たる 。
何やら、ごそごそと此方を探っているらしい。しかし不可解な行動をする…とっととこんな場所から姿を消す位訳ない筈なのだが。
「警、部…ちょっとそこを支えてて貰えませんか」
「…ふ、…っは?あにを言って」
「だから私の腰を手で支えて下さいませんか、と」
「……何でだ?」
「このままじゃ私、警部に倒れかかってしまいますから」
「というか、一体何をしようというんだ!?」
「……んんー…もうちょっと何ですけど。あーもう、警部ちゃんと支えてて下さいね」
聞く耳を持っているのかいないのか。他に仕方なしに、中森はしっかと怪盗の身体を支えていた。
ぐぐ…っとその身を反らせて探っているものとは。
(ちぇぇーいっ邪魔だ!)
「…ちょっと、警部!!何してるんですかっ」
「やかましいわ。それよかとっとと終わらせろ…重くて適わん」
髭の辺りに引っかかっていた煩わしいそれを、その鍔を口にくわえて一思いに取り払った。
がしかし今度は…奔放に跳ねる髪に首元を撫ぜられる。
「……っ」
更にはクイ、クイッと揺らぐ腰のそのしなやかな動きが…視界の隅にチラついて。
時折鳴るカチャリという音にも慣れないまま、早鐘を打ち立てるこの…己自身すらもまるで知り得ないものであるかの様に。
「何、をするつもりなんだ…っ」
「あと少し…ちゃんと支えていて下さい?中森警部」
(……ちゃんとやっとろうがっ!)
「ハァッ…ウ、ッン…ム…う……」
「っ、…妙な声を出すな!ばかもんがっっ」
「……んっ、―――」
含んだ吐息…の様な。その意味するところ等も知る由もなく、胸元でもぞもぞと動いている頭の上に顎を乗せ、フンと鼻を鳴らした。
「ぶ……おも゛い…ですってば」
「何をそんなに…必死になっとるんだ?」
「……ご自分の胸に手を当ててよくお考えになられてみては如何ですか」
「何だと…っ貴様にそう言われる筋合いなんぞ…!」
「だから胸に、ですね……うあ!!?」
「お、おいKIDっ…!?」
ズルッ。と、支えていた手の平よりすり抜けてゆく躯。思わぬ所で崩れたバランスと共に、沈んでゆく怪盗に…瞬く間もないまま。
「ぐ…うっ」
そのまま中森の胸からずり落ち…怪盗が落ち着いたのはあろうことか彼の開かれた脚の間。
勢いづいて鼻を少し打ってしまっていた。すん、と鳴らす。
「……きっ、さま………!!!」
―――ブチッ!!
「げっ」
(まっ…まっじーんじゃ、ねぇのかコレ……?)
「何を、しくさるんだぁぁ貴様はぁあ!!」
――メリメリッ、……ガッタァァーン――……。
「ま、待って!待って下さいよ警部っ態とじゃない……!!」
(つーか何、何ですかこれ…!?何のサプライズどっきりですかっ、つーかけーぶ、近いっ近い!!痛いっ)
「か、はぁっ…はぁ……あっ」
けたたましい破壊音とともにメリメリ裂けた床ごと、椅子に固定されたままの中森が怪盗に倒れかかる。
さしもの怪盗も、目の前の信じがたい光景に一瞬身をよじらせるのが遅れ…。
「ぐぇっ…っ」
「もう容赦せんっ」
椅子を背負った中森に腰辺りで跨られて、グッと胸元を強く押さえつけられては寧ろ…身が持たない(いろいろな意味で)。
首にかけられた手を防ぐことも出来ぬまま、詞通り容赦なさすぎの中森をチリっと睨んだ。
ずりずりと擦れる腕に、瞬時に走る熱い痛み。喘ぎの中、先程の釘に引っ掛けたのだろうとぼうっと考える。
「どうした、…もう観念したのか」
(観念も何も…このままじゃ私、この人にやられちゃうんじゃありませんか?ねぇ…?)
「……っ」
腕の傷がジンジンと脈打ち、じわりと赤が染み出す感触。
拙い。よもやこの人は気づいてしまいはしないだろうかと、うっすらと映るその目の前の男を見上げた。
「……っ!?」
「………」
(な、何…そんなに…じっと見つめられると、私)
「……んーー……?」
「……え」
「んんーー……」
「……っぅ」
「……うーむ………」
「……ちょっ、けーっ…う!?」
軽く添えるように口を覆ってきた手に、詞が消えた。
「お前…」
ゆっくりと近づいてくる中森のその表情はなんとも言えず…難しい顔で、眉を寄せたまま動かない。
怪盗の胸の上で暫くじっとその顔を覗き込んでいた中森がスッと離れていく。
口から手を離すその表情に浮かぶ色は…やはり複雑で、どこか引きつる顔は目が泳いでさえいた。
嫌な汗が、転がる床背筋を伝っていく。
「…はぁっ…っはぁ…!?」
「………」
「………、っば……?」
「………」
(………お終い、ってやつか。)
そう思った途端浮かんだ嘲笑を、この人はどう解釈したのだろうか。
今度は真っ直ぐに此方へと降りてくる…その視線が揺らいだ。
「おい、貴様は…快斗…」
(そうですよ警部。貴方が良く知る隣人の…)
「いかんぞ!貴様っ…そうはさせん」
「…は?…いーたたたたっ!ちょっと」
「貴様!よもや快斗君に手を出そうなどとはっ許さんぞ」
「い、や。だから俺がその本人で」
「何っ手に入らんならばといっそ本人そっくりに整形した…だと!?えーい女々しい!」
(何でそうなるかなこの人は…)
「なら、警部はその彼の想い人をご存じなんですか?」
「馬鹿なっ…別に家の娘をやる等とは言っとらん」
(何を言ってんだか)
クス。思わず…またあの衝動にかられ、怪盗は身をゆっくりと起こした。
「私は知っていますよ」
目を見開いたその顔の、鼻の先にそっと唇を近づけて…また紡ぐ。
「彼の言う…最も出会いたくない恋人をv」
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