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□さぐたん記念…って遅いよ(泣)【彼のそれが甘いわけ】
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帰ったら、ヨメが満面の笑みで迎えてくれた。

「おかえりなさい。探偵どの」
純白のストイックなエプロンをして、指に去年贈ったリングが光る。部屋中に薫る…これは薔薇の香だろうか。
促されるままに席につくと、一面に並べられた…アレ抜きのフルコースに目を見張る。
思わず振り返ると、彼はにこにこと微笑み返し、綺麗に磨いたグラスを並べていく。
1人前で軽く2万はするだろうコース内容には感嘆した。

「…よく調べましたね」
「いえいえ♪」
「ときに、一つ尋ねるけど…」
「はい?」

相変わらずにこにこと、肩に腕を回して頬を擦り寄せてくる相手。有り得ないくらい可愛い、がしかし。
…エプソン姿は、とても…いい!いや、しかしてなんとも似合っているのだけれど。
明らかに逸した存在感を醸し出している黒いそれには疑問を抱かずにはいられなかった。

「何故、ジャージ?」
「さあ?」
「それに…モノクルが逆、て!?」


ああ、そうか…。

途端に白馬は気づいてしまった。クク。と額を押さえながら…そうして彼が目が覚めたのはデスクの上。
口元を拭うと、探偵は急ぎ鞄を抱えて事務所を後にする。

「――駄目ですね。全く以てこれは頂けません」

一時の甘い夢に苦笑して、たどり着いた我が家。当然明かりは点いていない。

当然返る声もない。

「ただいま」
二人用にしては広過ぎる部屋。半ば強引に、探偵が彼を引き込む形で去年から此処で時間を共にしている。
独り電気を点けるのももう慣れた。四角く切り取られた空間に独り…そしていつも遠く彼を想う。

今日も遅くなるのか。
だが、過ぎる心配は無用。彼とはあれから、互いに侵蝕しないという暗黙のルールの元で何気に強い信頼関係で結ばれるにまで至っていた。

何があっても彼は帰って来る、と。
どんなにボロボロになっても必ず戻って来る彼を、探偵はただその腕を広げて受け入れるだけ。
それ以上は望まず、望まれない。最初は酷く葛藤したものだがやがては受け入れ…以来ずっとそのままの距離を保っている。

随分と冷めたヨメだとも思う。そしてそんな己も。
けれども相手は男で怪盗で。
彼の持つスタンスを損ないたくない。足手纏いにはならない。
そう考えると…今のままを願ってしまわなくもない。

彼に…居て欲しいから。


  +   +   +

「…今朝のカレーか」

何か夕食をと覗いた冷蔵庫の中には、今朝方見たお馴染みの鍋が入っていた。

まぁ現実なんてそんなものだ。
今日という日が、一体どれ程の意味を為しているかなんて…別に何も期待等してはいない。
互いに忙殺されそうになりながら、逆に言えば…しかしこの関係もまんざらでもないかもしれない。


怪盗の真意はまだ知り得ない。
本来ならばハイリスクこの上ない筈なのだが、それをただ甘んじて受けるような彼じゃない。
分かっている。…分かっていた。
煮立った鍋を見つめながら、探偵は途方に暮れる。

一度冷めてしまったら、もう…温め直すことはできないだろうに。

…って、ハハは。どうも独りだとネガティブでいけない。

気を取り直して、冷蔵庫からサラダを取り出す。
その奥の方に某有名菓子店のロゴが付いた箱を見つけ、白馬は目を瞬かせる。

――やはり何も変わらないな。

「帰ってきたら、うんっと彼をせびってやりますか」

今日位はいいですよね?



  +   +   +


「拙い…」

無い、無いっ。無いっ!!!?
気づいてからすぐに来た道を戻り、地下を這いずり回り、…プールに潜り。
ボロボロのビショビショのクタクタで、半泣き気味で怪盗は呟いた。

「何でよりにもよって今日…!」
馬鹿だ。本当に…馬鹿。
大事な日なのに。まるでそのずっと温めてきた決意ごと失くしてしまったようにトスンと脱力する。
「時間過ぎてるし…」

最悪だ。当然ながら、メールも来ていない画面を睨んで小さく唸る。

「タイムロスとか他諸々あるけれど…」
信じて待っているだろう彼の元へ帰らなければ。
重い身体を叱咤して、怪盗はトボトボ歩き出した。



  
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