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□さぐたん記念…って遅いよ(泣)【彼のそれが甘いわけ】
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帰り着くなり風呂場へ直行。
ベタベタの身体を洗い流し…視線は自然に寂しいままの左薬指にいく。

「…こうなったら」
イチかバチか。で思い切って開けた引き出しの中の小箱の蓋を開くと。

「あった…っ!」
果たして其処には、変わらず鎮座するプラチナの上品な輝き。
今日という日に、現場にまでもそれをしていこうかと悩んだ末、結局填めずにそのまま部屋を出たらしい。
全く。動転していたにも程がある。

「ああーも、良かった!!」
ぎゅっと握り締めたそれを、今度こそしっかりと指へ納めたのだった。


「んんん…!?」
簡単にタオルを巻いた状態でごそごそと着替えをと漁るものの、何故か1枚も出てこない。
あるのは仕事着が何着かのみだった。
いくら元から少ないとは言え、こんなことは有り得ない。

…脱衣所にあったのといい、今といい――。

ハッと思い浮かんだ考えに、怪盗はわなわなと拳を震せながら口角を引き上げ、呟いた。

「上等じゃん…?」



  +   +   +



コポ…コポポ。

「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、KID」
先程までの仕事の疲れ等は押し込めて、さっぱりとした顔でKIDは綺麗に微笑む。

煎れたての珈琲の薫が心にスウッと染みていくようだった。
髪が滴るのも構わずに、大きめのバスタオル一枚という姿で登場した怪盗に、探偵は目を瞬かせた。

「着替えは…あったでしょうに?」

その言葉には答えずに、怪盗は探偵の肩にしなだれかかるように腕を回すと、そのサラサラと流れる髪の間に覗く耳を食んだ。

「…っ」
探偵がその無防備極まりなく晒された項に噛みつくようなキスをすれば、ピクリとKIDのシャープなラインが仰け反り返る。
それに気を良くして、彼の甘く洩らした吐息ごとかっ浚えば…そのまま身体はトスンと探偵の腕の中へ納まった。
目を逸らさずに、ぐっと顔を引きつけてその肩に顔を埋め、クンと香った髪を撫でる。

「そんな格好でこの仕打ち…知りませんよ?」
云いながら、探偵は怪盗の唇をペロリと舐めて官能的な笑みを浮かべる。

「っ…よっくもまあ仰ること。ならば服を返して下さい」
「さあ、何のことかな?」
「貴方の服も見当たらなかったようですが?」
「僕のは全部洗ってしまってね…」

「…」
チロリ睨む怪盗の言葉の端々から、疲労と気だるさの色が窺え知れた。

期待通りの展開まであと、少し。
「へーえ。そうですか…――だったらそのジャージを寄越せ!」
黒い襟首をグッと掴み寄せ、勢い良くジッパーを引き下ろそうとする。

「させませんよ」

「ンっは…冗談じゃねぇってのっ」
空かさず目の前に差し出された、怪盗の胸の突起を舐め上げると洩れる、蕩けた声。

それでも肘裾を掴んだまま、場所を移した先のソファに二人共に倒れ込む。

「珍しく積極的ですね。嬉しいですよ」
「ちょ、待てってばっおい…!」
「待ったのは僕ですよKID」
焦れたように性急に肌を解いてくる探偵に、怪盗は必死に手で突っぱねて抗う。

「…マジで待てっ…て、今は…!!」

―――ぐ…ぐきゅるるるるぅぅっ!!!

「「あ。」」

―――ぐ、ぐぐぅぅぅっっ!!!


「…」

「…」

「…夕飯まだなんですか!?」
「……うん。…ックシ!」
「……全く。待っていたまえ」
ゆっくりと抱き起こして、その冷えた肩にジャージの上を羽織らせる。
立ち上がろうとしたパンツ裾を掴まれて目をやると、ポツリ怪盗は呟いた。

「甘いの食いたい…白馬。」

  +   +   +


結局探偵はジャージ上を怪盗に献上し、それ故に怪盗は当然ながら上だけを着用しているという状態に落ち着いた。
怪盗がソファに沈んだままのため、小さなガラスのテーブルに大量のケーキが並べられている。
大きな箱いっぱいの色とりどりのケーキ…その3分の1程の十数個を平らげて、怪盗はカチャリとフォークを置く。

「ふう。これでやっと落ち着いて話せますよ」
「君はまた、どうして今日に限ってこんなに遅くなったんですか」
「いや本当悪かったよ。でもさ…まあ、こちらにもいろいろと事情がありましてね」
「昨夜は…それを身に付けたままで、仕事を?」
「さあ。どうかな」

「まあいいですけどね」
ズズ…と熱い珈琲を口に含みながら、非常に目に毒な肢体に内心溜め息を吐きつつ目を逸らす。

「服は返して下さらないんですね」
「お望み通り、それをあげただろう?」
「そう…、上だけね」
「…其処を退かない君が悪い」
探偵が目で示すのは怪盗が座っている収納ソファ。
隠した服諸々は、この中に突っ込まれている。しかし先程までの執着はどこへやらと…。

いや、最初から大して気に等留めていなかったのだこの男は。

カップを置き。皿に少量を残して、探偵はナプキンで口を拭う。
しかして今の探偵は、上半身裸状態である訳であるからして。
その姿はあまりに不似合いで、滑稽極まりないもの。

「生憎今は腰が…重くて」
怪盗はクスクス笑いながら、ミルクポーションを手に取り、砂糖壺へと手を伸ばす。

「腰…って。はぁもうっKID、貴方って人は…!」
ガチャン。と乱暴にカップを戻し、怪盗の肩をガッと押さえ込んだ。
胸が酷く熱い。身体全体その瞳までもが震えていた。

「何か考え違いをなさっている様ですが…私が言ったのは、これのせいですよ」


怪盗がパチン!と指を弾いた後、確認を促されて手を突っ込んだ尻ポケットの中に、小さめの箱があるのに驚く。

「遅くなってしまいましたが、ハッピーバースデー!白馬探偵」
ああ重かったぁ等と軽口、パチッとウィンクを寄越す怪盗の姿を茫然と見つめていた。

いつもならば、嬉しくて仕方がない筈の…彼からの祝いの言葉とプレゼント。
しかし何故か今日はそれらが白々しく感じられて仕方がない。

「ペアーの色違いのタイピンです。特注品ですよ♪」

嬉しい反面、苦しさが募る。
怪盗の表情を見れば尚更だった。

「…君が、僕の所へ飛び込んで来てから結構経ちましたが」

フム。と砂糖壺を片手にしたまま、探偵のいきなりの行為にもさして動揺の色もみせずに、怪盗は無言で先を促す。

「…君が此処へ必ず戻ってきてくれる。それだけでも、僕は果報者なのかもしれないとも思っていた。だだ、やはり酷く不安で仕方がないのも事実で…」
「はあ。」

「正直のところ、君の意図する所は僕にはないと思っている。確かに、この関係は互いにやりやすいがあまりに…不毛だ」

いつかそう遠くない未来、それが枯渇して朽ち果てるのを自ら願っているような…。

押し殺したような声で思いの丈をぶつけた探偵は、息を吐く――と、フッと束の間怪盗が見せた表情に息を飲んだ。

「――流っ石白馬探偵どの。いいお察しですよ、本当」
クツクツと鳴る喉が反らされ、艶めかしい笑みで…まるで歌うように怪盗は答えた。





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